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  更新時間:2002年01月22日16:48(北京時間)

  • 国務院新聞弁公室、「東トルキスタン」のテロ情勢を紹介(2)


  • 国務院新聞弁公室、「東トルキスタン」のテロ情勢を紹介(3)


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  • 国務院新聞弁公室、「東トルキスタン」のテロ情勢を紹介(1)

      国務院新聞弁公室は21日に文章を発表し、豊富な資料と十分な事実に基づいて「東トルキスタン(中国語では『東突』)問題の原因や経緯について紹介し、「東トルキスタン」テロ勢力がここ数年、国内外でテロ活動に関与していることを明らかにし、テロリストに反対する中国政府の立場を再び明言した。

      文章の内容は主に次のとおり。

      長年にわたり、特に1990年以降、国内外の「東トルキスタン」勢力はいわゆる「東トルキスタン国」建国という目的の実現を目指して、中国の新疆ウイグル自治区や関係国で発生した、一連の爆破、暗殺、放火、毒物投入、襲撃などのテロ事件を計画、組織した。これにより中国の各民族の人々の生命と財産の安全および社会の安定に重大な危害を及ぼし、また関係国家・地域の安全と安定に脅威をもたらした。

      6世紀に栄えた突厥(チュルク)は古代の遊牧民族の名称で、アルタイ山脈や中国北方の草原などの地帯で活躍していた。紀元552年、突厥は可汗(かかん)国を設立。その後、東西2つに分裂し、利権獲得のため争いが絶えなかった。8世紀中ごろ、東西突厥の可汗国は相次いで滅亡し、その後末裔はその他の民族と次第に融合していった。11世紀以降国外の一部の歴史書で使用された「突厥」という表現は、本来の突厥人に限定されず、アルタイ語系突厥語を話すすべての民族の総称であった。一部の人がいうようなすべての突厥人により構成された統一国家は、歴史上存在した事実はない。

      新疆ウイグル自治区を分裂させ、支配するという目的を達成するために、古い植民地主義者は新疆を「東トルキスタン」と呼び、(これに対応して、中央アジア諸国は「西トルキスタン」と呼ばれる)、新疆は「東トルキスタン」人の庭であるという誤った説をねつ造している。

      紀元前60年に漢朝が西域都護府を設置してから、新疆はずっと中国領土の一部分であり、その後も中央政権による新疆支配は続いた。しかし20世紀初頭以降、ごく一部の新疆分裂分子と宗教過激主義者は、古い植民地主義の説をゆがめた邪説に基づき、いわゆる「東トルキスタン理論」を捏造した。「東トルキスタンは古来より独立した国家であり、その民族には1万年近い歴史がある」と吹聴し、「突厥語を話し、イスラム教を信仰するすべての民族が連合し」、「政教統一国家を建設する」と唱え、中国の各民族が共同で築き上げた祖国の歴史を否定し、「突厥民族以外のあらゆる民族に反対しなければならない」、「異教徒を消滅させる」などと叫んでいる。

      「東トルキスタン」理論が形成された後、様々な分裂分子は「東トルキスタン」の旗印とともに活動し、「東トルキスタン国」を打ち立てるという妄想の実現を企てている。

      「人民網日本語版」2002年1月22日

      

           ML中日網橋     自由発表



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