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  更新時間 :2004年10月11日15:59 (北京時間) 文字

唐代の日本人留学生の墓誌、西安で発見される


  陝西省西安市の陜西歴史博物館で10日、このほど初めて見つかった唐代の日本人留学生墓誌に関する記者会見が開かれた。

  記者会見によると、同市の西北大学博物館は最近、「開元廿二年」や「国号日本」といった漢字が刻まれた唐代(618-907年)の日本人の墓誌を入手した。専門家のこれまでの調査で、墓誌の人物は唐・玄宗時代の開元年間(713-741年)に唐へ渡った日本人留学生と考えられている。

  この墓誌は上下2つの部分からなり、このうち上部には、1行3字・4行の計12文字が縦書きの篆書(てんしょ)で「贈尚衣奉御井府君墓誌之銘」と記されている。「尚衣奉御」は皇帝の衣服管理を担当する官職の名、「井府君」は墓誌の主を指す。

  下部は、一辺約39.5センチメートルの正方形に近い部分に、12行・171字が刻まれ、上の端は文字の一部が欠けている。残った部分は「贈尚衣奉御井公墓並序:公姓井、字真成、国号日本……」で始まっており、墓誌の主「井府君」は姓が「井」、字(あざな:成年後につける名)が「真成」、国籍が日本であったことが分かる。

  専門家のこれまでの解読では、西暦734年を指す「開元22年」のほか、皇帝が墓誌の人物の死後に「尚衣奉御」の官職を贈ったことを示す「贈尚衣奉御」や、墓誌の人物が36歳で死亡したことを示す「春秋卅六」の記載が見つかっている。銘文からは、墓誌の人物である井真成が早世した秀才であり、玄宗帝がその才能を惜しんだことがうかがえる。

  陜西省で開かれている「空海(弘法大師)入唐1200周年記念活動」に参加中の、日本・日中友好協会の平山郁夫会長は、記者会見で、「井真成は素質のある留学生だったのだろう」と語った。平山会長はさらに、「彼ら(当時の日本人留学生)は中国へ先進的な中国文化、芸術などを学びに来て、それを日本へ持ち帰った。その影響は今日まで続いており、日中両国が1千年以上前からこれほど頻繁かつレベルの高い交流を行っていたことを表すものだ。1千年後の現在も、われわれはさらに深く広汎な交流を行うべきだろう」と話している。(編集YH)

  「人民網日本語版」2004年10月11日



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