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  更新時間 :2005年10月19日18:48 (北京時間) 文字

評論:靖国参拝、小泉首相の弁解は自己矛盾    


  日本の小泉純一郎首相は、2001年の首相就任以来、前後合わせて5回の靖国神社参拝を行った。小泉首相は幾度も自分の行為を弁解している。対外的には「自分の参拝は、特定の対象を哀悼するものではなく、自ら望まずして戦地に倒れた人々や戦場に赴いた人々に哀悼の意を表するものであり、二度と戦争を行わないという決意で参拝しているものである」と表明している。一方で国内的には「日本人として、戦没者に対してしかるべき敬意を持って、誠心誠意をもって感謝を表すもので、決して悪いことではない」「中国の不満は知っているが、外国がわれわれの慰霊のやり方を『適切でない』としたからといって、参拝を停止するのはいかがなものか」と公言し、仮に別の施設を作っても、靖国神社に替えることはできない、としている。

  このように国外向け・国内向けに2種類の論調を使えば、社会の情報化が進む今日にあって、最終的には国内外の信頼を失うだけである。小泉首相の弁解には、理解しがたい矛盾がいくつかある。

  第一に、日本のある人がA級戦犯の霊を靖国神社から出すよう提案したとき、日本の右翼勢力と靖国神社はともに反対した。その「理由」の一つは、一旦靖国神社に祭られた霊は、ひとしずくの水が海に落ちれば再び分けることが不可能になるのと同じで、靖国神社と不可分ないわゆる「英霊」となるため、としている。しかし、日本の首相が参拝する対象こそ、まさにいわゆる「英霊」だ。これが美化でなくて何だと言うのだろうか。それとも、靖国神社が分離できないとしている「英霊」は、小泉首相の参拝時のみ分離が可能で、「特定の対象」から除外されるとでも言うだろうか。

  第二に、小泉首相は、靖国神社の戦没者の霊に「敬意」と「誠心誠意をもって感謝」を表明している。しかし、その主体はアジアの近隣諸国を侵略した加害者であり、その中にはA級戦犯が含まれる。日本の首相として、一方で、被害者に対する「反省」と「お詫び」を表しながら、一方で、その加害者に対し「敬意」と「感謝」の意を表している。これが正常な思考と言えるだろうか。日本は侵略戦争を発動した当時にも、「アジアを解放する」、「東アジアの平和のため」などの口実を掲げていたではないか。現在、小泉首相が「再び戦争を行わないという決意でもって参拝している」と言ったところで、参拝の行為そのものがすでに、アジア近隣諸国の人々に対する精神面での再度の加害になっている。なぜなら、これまで常に「行いは言葉に勝る」であったからだ。

  第三に、長期にわたって、日本にはある種の「神話」があり、日本の伝統的な宗教文化の考え方では「人は死ねばみな仏になる」とされ、「善悪は分けられなくなる」ので、A級戦犯の霊の罪を追及される必要もなくなり、靖国神社を参拝できるようになる、と強調している。これは明らかに、戦時中に靖国神社が高く掲げた国家神道から無形の影響を受けており、人々を著しく誤った方向に導くものだ。実際のところ、靖国神社以前の古い神道の考え方では、霊魂の概念は大きく「和魂」(にぎみたま)と「荒魂」(あらみたま)の二つに分けられている。前者は安寧をもたらし、後者は災厄をもたらすものである。

  日本の神に関する伝統的な概念にも、「善神」(ぜんじん)と「悪神」(あくしん)の二種類がある。前者は、「和魂」や「祖霊」と相通じる平安の神である。後者は、「荒魂」、「怨魂」(えんこん)すなわち戦乱、伝染病、災害などの犠牲者の霊と相通じる邪悪の神である。「御霊信仰」(ごりょうしんこう)の中で、「慰霊」(いれい)は「祖霊」に対する慰謝に源があるが、「鎮魂」(みたましずめ)はすなわち「荒魂」を鎮めることに重きを置く。人々は「鎮魂」を通して、「荒魂」を「和魂」や「善神」に変えるために祈祷した。残念なことに、現在多くの日本人が、こうした日本の真の伝統的宗教文化の考え方を理解していおらず、また正確な日本語で「和魂」や「荒魂」、「善神」、「悪神」などの言葉を音読できないことだ。問題は、靖国神社参拝を主張する人が、しばしば日本の伝統文化回復を主張していることだ。これでは自分への風刺ではないか。靖国神社自体、すべての霊を祭る場所ではなく、戦争中に「お国のために身を挺し」たいわゆる「英霊」だけを祭っている。そのほか、もし「人は死ねばみな仏となる」と深く信じることが日本の伝統文化となれば、生きている間の自律意識にも悪影響が出はしまいか。

  この自己矛盾の混乱したロジックは、なんら説得力はない。小泉首相の靖国神社参拝に対する固執は、中国の人々の感情を傷つけるだけでなく、幾度にもわたって両国の各界の人々による関係改善への努力を妨げており、中日関係の困難をもたらす諸悪の根源となっている。(文:劉江永)(編集YS)

  「人民網日本語版」 2005年10月19日

  



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