私から見た日中友好


  「一衣帯水の隣国」。日中関係を言う時、一番良く使われてきた言葉かもしれない。

  難しい国際情勢の問題はさておき、国の最小エレメントである「人間」に絞って考えてみたい。国と国の関係は、そもそも人と人の関係の延長線上にあるからだ。

  「隣」にある国を人間関係に例えると、真っ先に思い浮かぶのは「お隣さん」だ。しかし単なる「お隣さん」だけでは、何か物足りない。ただ隣に住んでいる人同士なら、その人が何をしているとか、自分のことをどう思っているかについて無関心のままでいても平気で暮らせるし、仲が悪くなっても、最悪の場合引越しさえすれば波風を立てずにすむ。しかし日本と中国は、そうするわけにはいかない。物理的な意味だけではなく、経済など様々な面において、離れようとしてもなかなか離れられない二人。

  それは「夫婦関係」とは言えないだろうか。結婚したこともない私がこんな比喩を使うのはおかしいかもしれない。しかし、夫婦関係が想像以上のものであると同じように、国と国の中も私の想像をはるかに超えている。

  知り合って二千年以上、ずっとかかわり合ってきて、ずっと傍にいる二人だ。中国語には「百年の縁あれば同じ船に乗れる。千年の縁があれば同じ枕で眠ることができる」という諺があり、日本語では「袖すり合うも他生の縁」と言われる。人と人の絆をこんなに大切に思う二人であるのに、国家の立場を持ったとたん、関係が冷え込んでしまった。

  大学に入った頃は、日中の間で何かトラブルがあると、自分の居心地が悪くなるなんて、微塵も考えていなかった。日本語専門一本狙いだったから、合格できて好きなものに熱中できることを単純に喜んで、その年が日中国交正常化三十周年であることさえ意識しなかった。日本語を勉強している学生なら誰でも同じような経験をしたことがあると思うが、学部が何か日本語に関するイベントの準備を始めると、日本をよく思っていない別学部の学生から悪く言われるのではないかというプレッシャーをどうしても感じてしまう。中国文化に惹かれて、中国のことが大好きと誇らしげに宣言している外国人はたくさんいるのに、中国人として日本のことが好きだとは、いつの間にか言いづらいことになった。歴史認識、中国脅威論、反日感情。二人の間に障害が溜まり、断片的に流れる情報に煽られ、サッカーアジアカップ事件に引き続き、去年に入ってからはデモもあった。「こっちの気持ち、何で分かってくれないんだよ!」夫婦喧嘩でよく聞こえてくる叫び声が中国からも日本からも、聞こえてきそうだ。

  現実から目をそらすわけにはいかない。既に丸四年首脳訪問が実現せず膠着した外交関係は出口を見いだせないのが、日中関係の現実だ。このままでは経済も冷え込みかねないという心配まで出てきた。

  にもかかわらず、そうした困難を乗り越えていこうとする民間交流の動きは相変わらず力強く進行している。民間協会は文化交流促進に力を尽くし、多くの人が黙々と自分の努力で日中間の障害を取り除こうとしている。

  お互いに国内にさまざまな問題を抱えた状況ではあっても、最も大切なのは相手の国をよく理解する者の存在だ。異文化勉強のみならず、個人レベルの付き合いの第一歩を踏み出さない限り、いくら単語を覚えても、いくら「日本オタク」になっても、それは生身の日本人を分かることとはいえない。デリケートな問題だからなどとためらわず、堂々と胸を張って、日本のこと、日本人のことをもっと知りたいと思ってから、はじめて友好が始まるかもしれない。

  日本語学科以外の日本語や日本文化と触れ合うことがない人に「日本人のどこが好きですか?」と聞いてみた。

  「いつもスマイルで礼儀正しい」「ルールを大切にする」「女の子がすごくキュート! 男の子もお洒落でかっこいい!」「効率よく仕事をする」

  一方、中国語も中国文化もよく知らない日本人に「中国人のどこが好きですか?」と聞いてみた。

  「大らかで細かいことを気にせず、明るく素直で率直、好きなものに対してまっすぐに愛情を注ぐ中国の人々、私は、本当に好きだ」

  こんな「好きだよ」の数々。

  いつかあなたにも聞いてもらいたい。いつかあなたにも言ってもらいたい。

  いつも私が聞いていたい。いつも私が言っていたい。(上海交通大学 周燿琳)

  特別提供:日本僑報社・日中交流研究所 http://duan.jp




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