日中友好のために―私の架け橋


  「私は、一生懸命日本語を勉強して、日中友好交流の架け橋になりたいと思っています。ご清聴ありがとうございました」

  これはみんなスピーチをする時によく使われる模範的な結末で、私もよく使っている。でも、正直言って、「日中の架け橋」というものがどういうものなのか全く分からなかった。それに、将来自分が「架け橋」になろうなんて、真面目に考えていなかった。ちょっと悪い学生だったようだ。

  キャノン杯の時、日本語の先生にこの話をしたら、こんなふうに言われた。

  「もし、審査員の先生に、具体的にどんなことをして架け橋になろうと考えていますかと聞かれたらどう答えるの」

  「外交官になりたいです、と答えます」

  「じゃ、外交官はどんなことをする仕事ですか?」

  「日中友好の架け橋です」

  「じゃ、その架け橋を具体的に言うと」

  「……」

  「架け橋」ってなんだろう。「日中友好交流」ってなんだろう。私はいったい何のために、日本語を勉強しているのだろう。

  私は、大学に入ると日本語を勉強し、今はもう四年生になった。一年生の時、クラスメートに韓国人の留学生がいた。共通語はなかったので、なんとか日本語で、コミュニケーションが通じた。その時、私は「日本語を習っていてよかったなあ」と思った。その時まで、私にとって日本語の勉強は学校でいい点数を取るための手段のようなものだったが、初めて日本語を使って留学生と仲良くできてうれしかった。だんだん、周りの日本人の留学生が多くなって、「日本人とも日本語で仲良くなれるかなあ」と思っていたら、時々ドラマで聞いた日本語を使っていた。

  「今日の授業スゲー眠たかった」

  「わたし」

  「昼何にする」

  「めんどうくせーなー」

  「ラーメンにしようか」

  「またかよ」

  こんな会話の時に、「今日の授業はすごく眠たかったですね」と言ったら、一人だけ上品みたいで、友達に仲間はずれにされるような気がする。「今困ってるんよ〜」などと言っていると、親しみがわく感じがする。そういうふうに、「あーやっと若者の言葉に慣れた」と思ったが、また問題が出て来てしまった。ある日、先生のお宅で夕御飯を食べた時、思わず「うめー」と言って、慌てて「うまい」と言い換えた。そうしたら、「王さん、こういう時は『おいしい』というのですよ」とたしなめられた。あとで友達にこの話をして笑われた。

  大学で、「最近、日本人学生の日本語は乱れていて、留学生の日本語の方がきれいだと感じます」とほめてくださる先生もいらっしゃる。でも、実は、日本語の使い分けには、とっても苦しんでいる。私がその使い分けに一番苦労しているのは敬語である。

  三年生の時、日本料理店でアルバイトをしたことがある。そこでは、外来語を含む専門用語やお客様への敬語で、とても苦しんだ。

  「何をお召し上がりになられますか」

  「はい、チキンバーガー二つください」

  「チキンバーガー、お二つでよろしいでしょうか」

  「はい」

  といった具合だ。だんだん私は「日中友好の架け橋」の意味を理解し始めた。

  「架け橋」とは行ったり来たりしてこそ、意味があるのである。いろんな人といろんな日本語で、気持ちや情報を交換することによって、私は周りの人と橋を架けることができるようになった、勉強に使用する日本語、友達と話す日本語、アルバイトで使う日本語……私は相手によって、形の違う橋を架けていると思う。自分の知っている中国のことを知り合った日本人に伝えているうちに、いつの間にか、既に日中の架け橋になっていたと思う。

  もちろん、私は決して外交官のような大きなことはできない。「私の架け橋」は、狭くて小さな橋だけれど、一人一人の温かさを感じながら交流している橋である。「私の架け橋」は、日本語である。これから日本語を話す人と友達を作り、中国と日本のことを相互に交換し、両国民の感情をよく理解し、交流できるような気がしている。(遼寧師範大学 王 瑩)

  特別提供:日本僑報社・日中交流研究所 http://duan.jp




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