美しい日本語との出会い


  美的な感覚を追求することは私の一つの趣味である。朝やけと夕やけの鮮やかな色にせよ、花火から出てくる一瞬の美にせよ、一面まっ白な雪景色の中で輝く美しさにせよ、これら全てが私の好きなものだ。

  「濡れはしないが、なんとはなしに肌の湿る、霧のような春雨だった……」これは私が近ごろ読んだ『雨傘』という文章に書かれていた一つの文である。まだ日本語を二年間しか習っていない私は、どういう雨かはっきり理解することはできない。川端康成が書いたその本を読んだあと、驚きとうれしさが入り混じった気持ちになったのを今でも覚えている。そして、上品な春雨を描く言葉には、本当に感動させられた。

  「それはどういう雨なのか」と考える一方、五十一文字の仮名と一九四五の常用漢字で組み合わせた日本語で作った奇跡に関心した。

  過去に習ったことを振り返ると、いくつかの美しい雰囲気を持った日本語の姿が目の前に浮かんでくる。たとえば、「古池や、蛙飛び込む、水の音」という松尾芭蕉の有名な俳句や、「明日は、明日の風が吹く」といったような私たちが日常使っていることわざだ。そして捜しているうちに、また一種類の日本語が持つ独特の心地よい言葉が耳に入ってくる。それは擬声語だ。「コチコチ」と「ごうごう」は一体どういう物の音であろうか。もちろん考えなくても答えは簡単に推測できると思う。なぜかと言うと、「コチコチ」は時計の音に似て、「ごうごう」は滝の音にすごく似ていないだろうか。そのほかに、動物のさまざまな鳴き声とか、人間のいろんな笑い声、泣き声とか、おもしろく感じると同時に、また美しさが頭をよぎる。こんなにたくさんの特別な言葉を持つ国は他の国と比較にならない。そして、そんな多くの擬声語を作った国の人民は聡明な人間である。たった三、四文字で作った表現が私に与えた衝撃は大きかった。

  日本人は自らの話し方が親切でやわらかいと思っているらしい。たしかに、私たち外国人はこうした長所をほめたてる。これも私が日本語に親しむ原因の一つである。何回も何回もテープやラジオからの日本人の話を聞いて、その度に私の頭の中に春の空気が流れ、山の中にある泉が「叮瀚」と響いたように感じる。

  「なぜ日本語を選びましたか?」いつも多くの人が私にそういう風な問題を質問する。以前の私は「日本語は小国家の語種で、将来ふるさとで就職しやすいから」としか答えていなかったが、今の私は「ただ好きだから」と答える。これは絶対に本心だ。

  「日本語の勉強は難しい? 勉強すればするほど難しくなるって聞いたよ。それは本当?」ともよく聞かれる。話し手の困った顔を見て、私は平気で笑いながら答えた。「いいえ。ちっとも難しくない。真剣な態度を持って、毎日勉強し続ける勇気を出せば、何でもできるんだ」。日本語を選ぶのは、後悔しない正しい道で、その言語を習うことは嬉しい。

  私の生活は今、時間に追われ、とても忙しいように思う。日本語を習うとともに、法律を第二専攻として勉強しなければならないからだ。これから先の未来、もっと忙しくなるかもしれない。そんな忙しい毎日の中で美しい日本語への関心がうすくなり、忘れてしまうのはとても悲しい。だから、これから時間をできるだけ作って、日本語の本を読まなければと思う。そして、日本の言葉にたくさん触れるように心がけ、忘れずに使っていこうと思う。

  一方、母国語の中国語を一層研究し、将来、中国語と日本語を利用し、法律の働きを生かして、中日友好に役立つ人間になりたい。

  美しい日本語との出会いに本当に感謝したい。(蘭州理工大学 王イン艶)

  ※王イン艶の「イン」は「瑩」の「玉」部が「火」になった字。

  特別提供:日本僑報社・日中交流研究所 http://duan.jp




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