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更新時間:10:05 Mar 09 2009

日本公演後の梅蘭芳の手記--中日国民の厚い友情

 中国訪日京劇代表団はわが国民の友情をたずさえて、隣国日本を訪れ、公演を行った。私たちは我が国の古典演劇の芸術を日本国民に紹介すると同時に、日本国民への挨拶と我が国民からの厚い友情を伝え、日本国民に心から歓迎された。そして、代表団は日本国民のわが国民に対する厚い友情をたずさえて帰国した。

 7月16日東京で行われた歓送宴で、私はご臨席の各界の友人に次のように語った。「今日の中日両国国民の友情はうわべだけのものではなく、真摯で深く厚いものであり、両国国民の心は両国の地理的な位置と同じように、接近しているのである。私たちは帰国すれば、中国国民に対する日本国民の厚い友情をありのままに全中国の国民に伝える。」その際、700人を超える来場者、日本の方々、在日華僑や代表団のメンバーはこれを聞いてしばし鳴りやまぬ熱烈な拍手を送った。本当に両国国民の心は一つになったようである。

 中国訪日京劇代表団は日本の朝日新聞社のご招待で、1956年5月16日に北京を発ち、日本訪問の途についた。代表団は東京、福岡、八幡、名古屋、京都、大阪などの都市で合わせて32回公演を行い、7万人あまりの観客が公演を観賞した。最後の2回の公演は原爆被害者や戦争で孤児となった人たちのためのチャリティー公演であったので、切符は割引となった。これによって、約1万人の観客が京劇を観賞する機会に恵まれた。日本各地でテレビで京劇の公演を観賞した人は約1千万人に達した。

 代表団はまた日本の芸術界など各方面の人びとと幅広く触れ合った。私達は日本の各都市で、伝統芸術界、新劇界、学界、婦人および学生の団体などと座談会や学術交流を行い、我が国の京劇の改革と新劇運動の近況を紹介した。この他、在日華僑とも触れ合い、心のこもった交流を行った。

 代表団は行く先々で、日本各界の人たちの歓迎を受けた。東京では、日本の文芸界をはじめとする全国各階層の150人あまりの知名人が京劇団歓迎委員会を結成した。日本国衆議院の杉山元治郎副議長が日本国会議事堂で代表団のトップや著名な京劇俳優と会見し、お茶の会でもてなしてくれた。日本の国会で外国の演劇団を招待したのはこれが初めてである。ほかの都市にも京劇団歓迎組織があった。各地方でも、議長、府知事、県知事、市長らの自治体要人が中国京劇代表団の歓迎行事に出席した。各地の華僑たちも喜びを胸にして代表団を迎えてくれた。

 各地の観客たちは代表団の公演に引き付けられ、チケットを手に入れるために数時間も列をつくって待ち、遠いところから見に来た者が大勢いた。劇場の中では、老若男女を問わず素晴らしい演技にうっとりし、どの幕にも大きな興味を示した。上手な演技には、観客席から喝采をおくり、拍手していた。こうした雰囲気の中で、私たちは外国での公演ということをすっかり忘れていた。劇場の外でも、人々は私たちの日本訪問に大きな関心を示し、好評してくれた。日本社会党の鈴木茂三郎委員長はある宴会の席で、「日本の至るところで京劇を高く評価する賛辞を耳にした」。松竹の大谷竹次郎社長は、「私は60年間演劇の仕事をしてきたが、一つの劇団でこんなセンセーションを巻き起こしたのはまだ見たことがない。今回の京劇の日本公演によって、日本の舞台には60年来空前の盛況が現れた」と語った。私はここでもう一つつけ加えたい。7月10日の夜、代表団は、東京での閉幕公演のあとに閉幕式を行うことを考えていた。時間が遅くなり、演劇を観賞した観客たちはさぞお疲れのことだし、閉幕式にはたして興味があるかと日本の友人は心配した。確かに観客たちは自分でお金を払って演劇を見に来た人たちで、観客のみなさんの会場を離れる時間を制限することにはできない。こうした心配には理由がある。けれども閉幕式が予定通りに行われた時、会場では少年児童を含む3000人近くの観客はみな静かに座席に坐っていた。彼らの目は舞台に集中し、日本側代表と京劇団代表のスピーチを静聴し、熱烈な拍手を送った。日本の各社会団体と華僑代表が花束をささげ、記念品を贈呈した時、万雷の拍手で迎えられた。最後に会場では全員が腕を振り上げて「中日友好万歳」を3回声高く叫んだ。

 精緻で、美しい、表現力に富む京劇芸術は日本の観客を陶酔させた。特に改革を経た京劇は高度の団体主義精神、よくまとまった完璧でリアルな芸術像を表現したもので、日本の観客いずれもそれを高く評価した。京劇という芸術はながい歴史に裏打ちされた芸術であるが、中国の芸術には青春の息吹が満ち溢れている、と日本の観客たちは評していた。

 私たちの今回の公演が収めた成功は、日本の友人と愛国華僑からの配慮と支援に感謝しなければならない。朝日新聞社、各地の歓迎委員会及び各界の知名の方々はいずれも京劇代表団一行に至れり尽くせりのおもてなしと具体的な協力をしてくれた。市川猿之助丈は楽屋の担当者と舞台関係の各方面の責任者、千田是也氏は俳優座の舞台監督、劇団前進座も俳優と監督を派遣して私達に協力してくれた。こうした兄弟のような友情には深く心を打たれた。日本各地の華僑たちも全力をあげて、用意周到に協力してくれた。

 代表団は、公演のほか、日本の古典演劇芸術や新劇、映画、少女歌劇などさまざまな演芸を観賞した。京劇俳優の多くはまた日本の芸術家から能や狂言、歌舞伎、京舞、西崎舞、雅楽などの古典演劇舞踏に属する10いくつもの素晴らしい出し物を学ぶ機会に恵まれた。私たち京劇俳優は日本の古典芸能に大きな興味を持つようになった。日本での滞在期間に、各地を移動する合間や、ホテルで、さらには京劇公演の舞台裏でしばしばけいこをしてみたこともある。帰国後もけいこをやめたことはなかった。代表団は日本から芝居用の衣装をも持ち帰ったので、機会があればみんなに見せてあげたいとも思っている。

 私はかつて1919年と1924年にそれぞれ日本公演を行ったことがある。私にとって今回の公演は曾遊の地を再訪することでもあった。旧友とも、新しい人たちとも会うことができ、その喜びは倍増した感じであった。古い友人の何人かはすでに故人となり、再会を果たせなかったことに心を痛めたが、新たな友だちの心のこもった接待に胸を打たれた。今回の日本公演で私はながい歴史のある舞踊をいくつも観賞することができた。

 今や、中国訪日京劇代表団は公演任務をまっとうして帰国した。今回の文化交流を通じて、中日両国国民は更なる相互理解を深めることができたと思っている。まさに日本の友人が語っていたように、中日両国国民の心はしっかりと一つに結び付くことになったのである。両国国民の友好往来は両国国民のためになるものであり、世界平和の事業が必要としているものでもある。このような友好往来は、これからもきっと盛んになり、中日両国国民の真摯な友情は必ずさらに打ち固められ、発展していくにちがいない。

 (原文は中国語、要旨を翻訳)

 「チャイナネット」 2009年3月4日

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