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黄土高原の空で響いている日本語

 五月というのに、列車の窓の外は緑が少しだけで、黄砂ばかりだ。砂が大風に乗って飛んできて、しばしば窓ガラスにぶつかって、ぱちぱち音を立てていた。列車は、中国山西省の北部を走っていた。私は窓際に座って黄土高原の劣悪な自然条件を感じながら、思わずこの地方の住民の生活を心配していた。目の前の小さなテーブルを隔てて、一人の七十歳の日本人が向こうに座っていた。私はこの人を日本のお父さんと呼んでいる。お父さんは、日本人らしい日本人で、背がそんなに高くない、いつも少しもいい加減な所が無い髪型をしている。車内はあまりにも静かで、ただ、汽車がトンネルを通る時の、ボーボーと鳴る汽笛の音しか聞こえなかった。

 「お父さん、どうしてこんなつまらない所へ来たのですか?」

 と、訳がわからないという顔をして私はそう聞いた。

 「ここは、確かに良い所とは言えないけれど、僕にとっては、一生忘れられない故郷なんだよ。今度来た目的は、二つある」

 と、お父さんは言った。

 「ええ、故郷と言いましたよね。どう言う意味ですか」と私は聞いた。お父さんは、私のますます興味深くなってくる顔を見て、続いて詳しく説明してくれた。

 「第二次世界大戦期間中に、僕の両親は山西省の大同市で洗濯屋をやっていた。(その洗濯屋の古い建物は、今も残っている)僕はそこで生まれたの。僕の父は、善良で、おとなしい人だった。又、中国人と仲良くしていた。父は仕事の無い人を集めて、仕事を与えて、その人達にご飯と、寝る所を提供してあげていたので、一時、周りの貧しい人達の頼りになっていた。でも戦争がますます激化し、父も国家の命令に服して、店を止めて兵役に行くことを余儀なくされた。その後、父との音信が途絶えた。そして終戦を迎えた。その時私は九歳だった。兄妹は三人で、僕と兄、まだ乳飲み子の妹が一人だった。母一人の力で一家の暮らしを支えていたが、遂に妹が母乳不足と栄養失調のため、大同市人民病院で死んでしまった。災いは重なるもので、兄も病気で太原市で死んでしまった。山西省の中国の人たちが手伝ってくれたので、無事に兄妹の死体を埋葬する事が出来た。今回ここに来るのは兄妹の霊魂を供養するためだ、また中国人がこの二人の魂を収容してくれたことに有難い気持ちを表すためなの」

 と、お父さんはそう言いながら涙をぽろぽろと落としていた。

 私はお父さんの様子を見て、深く考え込んでいた。私は大学に入る前にあまり本場の日本人と付き合うことがなかったから、日本人に対するイメージはすべてテレビで放送されたものだった。正直に言えばあまりいい印象ではなかった。昔日本が確かに中国人民の感情をひどく傷付けたものだった。その深い傷が治るまでには大分時間がかかるので、今は中日間の誤解がまだまだ残されていて、なかなか越えられない溝になっている。今は中国では日本人と言うと黄色い服を着てバカヤロウと言いながら、女をからかったり、物を横取りしたりして、つまり、強盗同然というイメージを持っている人が多かれ少なかれいる。なぜそう思う人がいるのかと言えば、歴史の原因はもちろん、ほかにもいろいろあると思う。だが、今私の目の前に座っている日本人は正直で善良だ。この人だけでなく、私の知っている何人かの日本人はみんなやさしい人だと思う。

 「今度、僕がここに来るもう一つの目的は、日本語早朝会を訪問することだ。日本語早朝会というのは大原市の五一広場で、定年になった太原市日本語学校の校長先生が始めたもので、日本、又は日本語に興味を持っている人を対象として、毎朝六時から八時まで、日本語で交流するクラブだ。この校長先生は今年八十九歳で、中日友好のために雨天決行で、ボランティアとして二十五年間に渡って日本語を教えている。中日友好のために必ず自分の微力を貢献すると言う同じ目標で僕はこの先生と友達になった。僕が太原を訪問するたびに、必ずこの先生と会う。そして、色々な資料や、本を送っている」とお父さんが続けて言った。

 私は幸いにも二〇〇八年六月二日の日本語早朝会に参加できた。この日、ここで日本語を勉強する人の中には学生、会社員、お年寄り、街を掃除する人もいる。こんにちはのような簡単な日本語だけど、私もみんなと一緒に大きな声で繰り返し読んでいた。私はみんなの熱心な勉強ぶりに感動した。中国人と日本人が共に中日友好のためにこつこつ努力する姿を見て、中日両国がよりよい関係になる日は間近だと私は固く信じている。

 私の山西省の三日間の楽しい旅がそろそろ終わり、私の乗った北京への飛行機が黄土高原の空を飛んでいる。綺麗な太陽の光が窓から差し込んでいる。とても気持ちがいい。耳に入って来る日本語は中国語っぽいが、何より綺麗な曲だと思う。日本にも伝わるかな……。

 (叢晶 北京郵電大学)

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