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日本観察記(12)「中国人が惜しむ」小渕恵三

 文=薩蘇

 中曽根康弘氏の退任以来、日本の首相が任期を順調に開始、終了させるのは極めて稀であり、小泉純一郎氏が任期を満了させ、続投までしたのは、まさに日本の政治家のなかの「変人」といえる。日本の首相がまた交代したかどうか、その観察は、中国の庶民の日常会話にまでなっている。

 これらの次々と登場する人物のなかで、小渕恵三氏はもっとも数奇な運命である。なぜなら、彼は汚職や職務の不良で首相の地位を失ったのではなく任期中に脳梗塞で倒れ、亡くなっている。これは、大平正芳氏以降の日本の政界においての第一番目である。
 
 小渕恵三氏は、中国の庶民がすこぶる同情する日本の政治家であり、これは中日関係が比較的緊張していた状況下では、比較的珍しいことである。日本の政界は、小渕氏を「重い車を引く鈍牛」と評価し、その意味は、彼が他人に対し寛容、温厚であり、努力家であるが、能力がずば抜けていたわけではないことを意味している。小渕恵三氏逝去の知らせが伝わってきた時、私は周囲の中国人がため息をつきながら語っているのを聞いた。「ああ、鈍牛がついに過労死してしまったのだなあ」。小渕恵三に同情するのは、中国の伝統文化において、「国事に力を尽くし、死してのち止む」の精神を重んじるからである。小渕氏の運命は、中国の伝統の道徳価値と一致している。

 当時のこの種の同情がある程度は盲目的であったとはいえ、もし、中国人と日本人のそれぞれに評価させれば、両国国民のこの首相に対する見方は、驚くほど一致している。小渕氏は、中国人の印象では、それほど聡明ではないが、非常な努力家だった。氏は娘を愛する父親であり、少々の酒を好み、牛肉を好み、なかなか食いしん坊の男でもあった。この最後の一点はかなり重要である。日本人は気にかけないかもしれないが、中国においては、食いしん坊の男は、性格が誠実で、親しみやすく、可愛げがあるとされる。日本人に聞いてみると、小渕氏は、大衆の前にみせるこぼれんばかりの笑顔、仕事への尽力、労苦を引き受ける姿により、「いい人」の栄誉を得たばかりでなく、多くの日本人は彼を直接「平民先生」と呼んでいた、と語る。実のところ、歴史をふりかえると、小渕恵三氏の生家は、数代にわたる議員であり、想像されるような平民ではない。けれど、小渕氏の娘、小渕優子議員も、会期中に時間を見つけては男友達と映画を見に行ったり、街歩きをし、普段の服装はまったく素朴で、素顔のままのようである。こうしてみると小渕家の家訓は、まさに「平民」、というものかもしれない。

 けれど、日本において、小渕氏はすでに忘れられた人物のように思える。小渕氏について語られる機会は、小泉純一郎氏や、麻生太郎氏のような同じく時代の途中で退出した人物と比べ、はるかに及ばない。だが、細かに観察してみれば、小渕恵三氏の執政期間、日本経済の状況は悪くはなかった。彼はいわゆる「鉄碗」ではなかったが、彼のとった一連の経済振興措置は、かなり成果があった。かれの執政ののち、日本経済は復興し、失業率は下がり、国債も減った。小渕恵三氏の「恵」の字は、中国語では他人によきものを与える、という意味を含む。口先だけで実行が伴わない政治家に比べ、小渕氏は、良い首相だったというべきであろう。

 政治家が実務能力だけでなく、役者のような天賦の才も必要とされることを惜しむばかりである。


 薩蘇

 2000年より日本を拠点とし、アメリカ企業の日本分社でITプログラミングプロジェクトのマネジャーを務める。妻は日本人。2005年、新浪にブログを開設、中国人、日本人、およびその間の見過ごされがちな差異、あるいは相似、歴史的な記憶などについて語る。書籍作品は、中国国内で高い人気を誇る。文学、歴史を愛するITプログラマーからベストセラー作家という転身ぶりが話題。

 「人民中国インターネット版」より

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