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日本語ができない「知日」の編集長「私はプラットフォームを作る」

 日本の文化・芸術等を紹介する雑誌「知日」の蘇静編集長は9月6日、人民網の取材に応じた。蘇氏は「知日」の創刊や発行の状況から、中日両国の民間・文化交流について語った。

 司会:蘇氏は日本語を学んだことがないということだが、なぜ日本を紹介する雑誌を作ろうと思ったのか?

 蘇氏:これは、創業から今に至るまで、ずっと聞かれてきた問題だ。私も初めはどのように答えればいいかわからなかったが、徐々に答えを見つけ出した。もちろんこの答えは、私の心からの言葉だ。この仕事の原点に立ち返ることとも関係があるからだ。

 初めたばかりの頃は、日本語ができないことが大したことだとは思わなかった。発行部数が数千冊、一万冊になっても注目されることもなく、誰も私の日本語について聞かなかった。発行部数がもっと増えたころ、私は確かに日本語はできないが、私の仕事は出版であり、大きく見れば文化産業なのだと思うようになった。出版・文化・メディアのような業界は、その職業に関する「敏感さ」さえ持ち合わせていれば、日本の本であれアメリカの本であれ、自然と形にすることができるのだと。

 もちろん私個人の意見では、興味が無ければできないと思う。私はかつて湖南省の大学で学び、2000年に北京に出てきた。村上春樹などの小説を読み、映画を見た。その後映画を学び、ディレクターの勉強をし、黒澤明などの作品も見た。世界各国の映画を見、小説を読んだが、徐々に日本の作品の独特な美学や観念、または共鳴する考えに惹きつけられていった。自発的なプロセスだ。その後文化産業に従事し、グラフィックデザインに注目するようになった。ちなみにデザインで有名なのは北欧と、それから日本だ。整合性という面では日本の方が北欧よりも上を行っていると思う。

 職業意識に照らしてみて、これは面白いと思った。私も一人の人間であり、読者の一人だ。湖南省の小さな町から北京に来た私に、なんら特殊なところはない。私のような人間がたくさんいるに違いないと思った。

 ただ、私は文章を書く人間ではない。プロデューサーのような役割だ。プロデューサーは監督ではないし、役者や脚本家ではない。プロデューサーがやるべきは予算を管理し、ビジネスプランニングをすることだ。

 良いプロデューサーはその対象に対して感覚がなければならない。例えば映画のプロデューサーなら、映画に対して何の感覚も無いようではだめだ。私は出版(メディア)界で仕事をしていて、しかもプロデューサーのようなことをやっている。この両者を組み合わせようと思った。ベテランの日本通や同業者を探し、彼らに文章を書いてもらい、私はプラットフォームを作る。そうすれば日本語の問題は解決できた。言ってみれば明確なロジックだ。(編集SN)

 「人民網日本語版」2012年10月10日

【蘇静へのインタビュー】

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