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日本はなぜ中国の強大化を受け入れられないのか

 米オンラインマガジン『グローバリスト』は、「中国と日本:世界的競争」というテーマの文章を掲載した。

 現代の日本人は祖先と違い中国人を重んじない。

 日本は依然として優越感に浸っており、こうした自負により、多くの人は中国の科学、技術、社会組織、礼儀は日本と比べ物にならないと考えている。

 日本人が中国を軽視するのは、これらの面において日本が優位性を持っているからではないかと見られている。面白いのは、西側諸国が数十年前に日本が競争において優位性を勝ち取ったことを説明した際によく使った「劣悪な質、安価な労働力の優位性にのみ頼り、革新に欠け技術の権利を侵害する」という言葉を日本が使っていることだ。

 日本の民族的な考え方が大きな変化を遂げなければ、中国に経済開放を迫られることが不快感をもたらすことになろう。穏和派の人がばつが悪いと感じたり、強引派の民族主義者が羞恥を感じることも。

 確かに、日本は外国人が押し付ける開放にうまく順応した。しかし、その2度はともに米国人によるもので、肝心な部分が異なる。一度目は米国艦隊が1853年に東京湾に侵入したときで、この「野蛮人」を撃退できず、日本の幕府要人は現代化の重要性を認識した。日本は驚異的な速度で封建社会から世界の強国となった。二度目の開放を迫られたのは広島と長崎で多くの人が死傷した後で、開放の速度は速く、範囲も広かった。

 天皇がラジオを通じ驚くべき敗戦宣言をし、全人類はマッカーサーが日本の領土を踏んだことを耳にし、すぐに日本に革新、企業家精神と管理、民主体制に富んだ創造性の新方法が訪れた。これらが日本の急速な経済成長を作り出したのである。

 日本は過去に開放を迫られてから、急速に大きな成功を収め前進している。しかし、日本人は彼らの階級制度の価値観で過去2度の開放を解釈している。西側の強国が統制をとり、より聡明であれば、自然とその国々に対し敬意を示すという結論だ。

 比較してみると、中国に開放を迫られる可能性については非常に大きな違いがあることがわかる。これは日本がアジアで初めて見たであろう、日本が侵略したことがあり殖民地としたことのある国で、これは日本自身の改革と経済進歩の促進作用となる。

 米州の植民地だった地域の台頭と英国の関係を除き、現在の歴史上ではまだ植民地だった国による挑戦はなく、以前の植民者を脅かすその他の先例または類似の例もなかった。インドネシアはオランダに大きな衝撃を与えたりはせず、小さな衝撃でさえも与えない。ザイールのベルギーに対して、アルゼンチンのスペインに対してもそうである。役割の入れ替えは心理上の「増幅器」となるだろう。この国の心理的な傷は深まり、2度にわたり米国がもたらした衝撃よりもっと多くの学術上の解釈が必要となる。

 深まる困惑と潜在的な恥辱は、中国が軍事力使用、あるいは軍事力を使用すると脅かすことも必要としない。たしかに、中国は核兵器を持っているが、日本は持っていない。

 しかし、仮に日本が核兵器を持っているとしても、これは兵器を使用したり威嚇を必要とする戦争ではない。ペリーとマッカーサーが経済手段や法制の強化で日本の改革を押し進めなかったのと同じである。実際、これは戦争ではない。ある種の競争であったとしてもだ。中国は「経済の柔道」で、日本自身の重商主義ゲームの中で日本を打ち負かすことになるだろう。

 ここで日本のやり方にこめられた皮肉的意味を総括してみよう。戦後、日本経済は輸出に専念し輸入を閉ざした。日本はこのような経済モデルを長期間続けたことこそ、中国への非対称的な依存の原因となっている。よって、日本の策略にはいつの間にか外国人、しかもそれは予測できなかった来訪者が再到来する条件が生まれたのだ。

 「チャイナネット」 2009年6月1日

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