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戦後の中日ハイレベル交流を振り返る (6)

 【21世紀】

 2000年4月4日、中共中央政治局候補委員、中央書記処書記兼中央組織部部長の曽慶紅氏が中国共産党代表団を率いて日本を友好訪問。

 2000年5月10日、唐家セン外交部長が日本を公式訪問。

 2000年5月20日、江沢民主席が、日本各界5000人余りの日中文化観光交流使節団と面会し、民間友好の発展について重要講話を発表。

 2000年5月29日、日本の与党3党の幹事長が訪中。

 2000年6月7日、銭其シン副総理が中国政府特使として日本を訪問し、日本政府による小渕恵三前首相の葬儀に出席。

 2000年8月28日、日本の河野洋平外務大臣が招待を受け、中国を公式訪問。

 2000年10月12日、朱鎔基総理が日本を公式訪問。

 2001年4月3日、日本の文部科学省が右翼の捏ね上げた歴史教科書の合格を発表。中国側は強烈に抗議し、過ちを正すよう日本政府に要求。

 2001年4月20日、日本政府が李登輝氏の病気治療名目の訪日を許可。中国側は厳正な申し入れをし、中日のハイレベル往来、軍艦の訪日、安全保障対話などを凍結。

 2001年7月9日、日本の与党3党の幹事長が訪中。

 2001年8月13日、小泉純一郎首相が靖国神社を参拝。

 2001年10月8日、日本の小泉純一郎首相が中国を実務訪問し、盧溝橋抗日戦争記念館を見学し、日本が中国を侵略した歴史に対して反省と謝罪を表明。

 2001年10月21日、江沢民主席がAPEC上海会議で日本の小泉純一郎首相と会談。

 2001年11月5日、ブルネイでのAPECプラス3会議の期間中に中日韓首脳が会談。朱鎔基総理と日本の小泉純一郎首相が出席する。

 2001年12月21日、中日両国、ネギ、シイタケ、畳表の農産品3品目の貿易摩擦について合意。日本側はセーフガード確定措置を実施しないこと、中国側は特別関税報復措置の撤廃を決定した。

 2001年12月22日、日本の海上保安庁の巡視船が国籍不明の船舶1隻を追尾して、我が国の排他的経済水域に入り、交戦、国籍不明船が沈没した。中国側は、日本が東中国海海域で武力を使用したことに不満の意を表明。

 2002年4月2-9日、李鵬委員長が日本を公式友好訪問し、小泉純一郎首相と共に中日国交正常化30周年記念の「中国文化年」と「日本文化年」の開幕式に出席。

 2002年4月12日、朱鎔基総理が博鰲(ボアオ)フォーラムの第1回会議に出席した日本の小泉純一郎首相と会談。

 2002年4月21日、日本の小泉純一郎首相が靖国神社を再び参拝。中国側は厳正な申し入れをするとともに、日本の中谷元防衛庁長官の訪中と我が海軍艦艇編隊の訪日を延期。

 2002年4月25-28日、中共中央政治局候補委員、書記処書記の曽慶紅氏が日本の大分県を訪問。

 2002年5月8日、胡啓立・全国政協副主席を名誉団長とする中国5000人観光交流団が訪日。

 2002年5月8日、中国に密入国した朝鮮人5人が瀋陽の日本総領事館に侵入。我が武装警察は日本側の同意を得た後、日本総領事館に入り、不法侵入者2人を連れ出す。日本側は、我が武装警察が国際法に違反したと誣告し、強烈な反応を示す。我が方は直ちに事実の真相を発表し、反駁。22日、我が方は当事者5人を第三国に出国させる。

 2002年6月18日、日本側が、中国が中国の排他的経済水域に対して主権と管轄権を有することを認め、かつ法に依って必要な手続を履行した後、中国側は日本側による東中国海での沈没船引き上げを許可。

 2002年6月19日、唐家セン外交部長がタイでのACD外相非公式会議に出席した際、日本の川口順子外相と会談。

 2002年7月30日、唐家セン外交部長がブルネイでのASEANプラス3会議に出席した際、日本の川口順子外相と会談。

 2002年9月8-10日、日本の川口順子外相が訪中し、江沢民主席、銭其シン副総理とそれぞれ会談。

 2002年9月14日、日本側が東中国海での沈没船引き上げ作業を完了。

 2002年9月22日、江沢民主席が中日国交正常化30周年記念友好交流大会に出席し、重要演説を発表。日本から国会議員83人、各界の人々1万3000人以上が訪中し、大会に参加した。

 2002年9月22日、朱鎔基総理がデンマークで第4回アジア欧州会議(ASEM)首脳会議に出席した際、日本の小泉純一郎首相と会談。

 2002年10月27日、江沢民主席がメキシコでAPEC第10回非公式首脳会議に出席した際、日本の小泉純一郎首相と会談。

 2002年11月4日、朱鎔基総理がプノンペンでASEANプラス3首脳会議に出席した際、日本の小泉純一郎首相、韓国の金碩洙総理と共に中日韓首脳会談を開催。

 2002年12月4日、同24日、および2003年2月28日、唐家セン外交部長が日本の川口順子外相と電話会談し、中日関係などについて意見交換。

 2003年1月4日、日本政府が釣魚島を、いわゆる「民間所有者」から借り上げたと日本メディアが報道。中国側は日本政府に厳正な申し入れを行う。

 2003年1月14日、日本の小泉純一郎首相が再び靖国神社を参拝。中国側は厳正な申し入れを行う。

 2003年4月6-8日、日本の川口順子外相が訪中し、温家宝総理、唐家セン国務委員とそれぞれ面会。

 2003年5月18-20日、日本の連立与党である自民党、公明党、保守新党の幹事長が訪中。胡錦濤主席、黄菊副総理、唐家セン国務委員とそれぞれ面会。

 2003年5月31日、胡錦濤主席がサンクトペテルブルク建都300周年記念行事に出席した際、日本の小泉純一郎首相と会談。

 2003年8月4日、黒竜江省チチハル市で、中国侵略の旧日本軍が遺棄した化学毒剤による事故が発生、中国側に重大な死傷被害をもたらした。

 2003年8月9-11日、日本の福田康夫内閣官房長官が訪中。

 2003年8月10-13日、李肇星外交部長が日本を訪問。

 2003年9月1-4日、日本の石破茂防衛庁長官が訪中。

 2003年9月4~10日、呉邦国委員長が日本を公式友好訪問。

 2003年10月7日、温家宝総理がインドネシア・バリ島での第7回ASEAN+3(中日韓)首脳会議に出席した際、日本の小泉純一郎首相と会談。

 2003年10月20日、胡錦濤主席がタイ・バンコクでの第11回アジア太平洋経済協力会議(APEC)非公式首脳会議に出席した際、日本の小泉純一郎首相と会談。

 2004年4月3-4日、日本の川口順子外相が訪中。

 2004年9月12日,唐家セン国務委員が「2004中国企業サミット」に出席するため訪中した川口順子外相と会談。

 2004年9月20-25日、日本の河野洋平衆議院議長が訪問団を率いて訪中。胡錦濤主席、呉邦国委員長、曽慶紅副主席がそれぞれ面会。

 2004年10月9日、李肇星外交部長がハノイで日本の町村信孝外相と会談。

 2004年10月21日、同24日、温家宝総理が日本の台風被害と新潟県地震について、日本の小泉純一郎首相にそれぞれ見舞電を送る。

 2004年10月25日、第1回中日東中国海協議が北京で開催。

 2004年10月28日、中国赤十字が日本赤十字を通じて、日本の新潟地震被災地に10万ドルの救援支援金を送る。

 2004年11月18日、李肇星外交部長がチリ・サンティアゴでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)閣僚級会議に出席した際、日本の町村信孝外相と会談。

 2004年11月22日、胡錦濤主席がチリ・サンティアゴで日本の小泉純一郎首相と会談。

 2004年11月30日、温家宝総理がラオス・ビエンチャンでの第8回ASEAN+3(中日韓)首脳会議に出席した際、日本の小泉純一郎首相と会談。

 2004年12月22日、日本政府が李登輝の訪日活動にビザを発給。中国側は厳正な申し入れと強烈な抗議を行う。

 2005年4月13-20日、路甬祥・全人代常務副委員長が全人代代表団を率いて訪日し、列国議会同盟の「ASEANプラス中日韓3カ国グループ会議」、全人代と日本衆議院の協力委員会の初会議に出席。

 2005年4月17-18日、日本の町村信孝外相が公式訪中。

 2005年4月23日、胡錦濤国家主席がインドネシア・ジャカルタでのアジア・アフリカ首脳会議に出席した際、小泉純一郎首相と会談。中日関係の発展について5つの主張を示した。すなわち▽「中日共同声明」など3件の政治文書を厳格に守る▽「歴史を鑑とし、未来に向かう」を堅持する▽台湾問題を正しく処理する▽対話、対等な協議を通じて中日間の隔たりを適切に処理する▽幅広い分野の交流と協力を一層強化する▽民間の友好往来を一層強化することで、相互理解を深め、共通利益を拡大し、中日関係の健全で安定した前向きな発展を図る??である。

 2005年5月7日、李肇星外交部長が日本の京都で日本の町村信孝外相、韓国の潘基文外交通商相と共に、中日韓3者委員会の第3回会議を開く。

 2005年5月14日、第1回中日戦略対話が北京で開かれる。

 2005年5月17-23日、呉儀副総理が愛知万博の中国館デーのイベントに出席かたがた日本を訪問する。

 2005年5月21日、唐家セン国務委員が日本の武部勤・自民党幹事長、冬柴鉄三・公明党幹事長と面会。

 2005年5月22日、胡錦濤国家主席が日本の武部勤・自民党幹事長、冬柴鉄三・公明党幹事長と面会。

 2005年5月27日、李肇星外交部長がラオスの首都ビエンチャンでASEANと中日韓の外相会議に出席。

 2005年5月30-31日、第2回中日東中国海協議が北京で開催。

 2005年6月23-24日、第2回中日戦略対話が東京で開催。

 2005年9月3日、胡錦濤国家主席が中国人民抗日戦争ならびに世界反ファシズム戦争勝利60周年記念大会で重要講話を発表。この中で、中日関係の発展に尽力する中国政府の政策と主張を全面的に詳述する。

 2005年9月30-10月1日、第3回中日東中国海協議が東京で開催。

 2005年10月14-17日、第3回中日戦略対話が北京で開催。

 2005年10月17日、日本の小泉純一郎首相が5回目の靖国神社参拝。中国側は厳正な申し入れを行う。

 2006年2月10-11日、第4回中日戦略対話が東京で開催。

 2006年2月21-22日、「中日与党交流協議会」の第1回会議が北京で開催。

 2006年3月6-7日、第4回中日東中国海協議が北京で開催。

 2006年3月31日、胡錦濤国家主席が日本の日中友好7団体と面会。中日関係の発展について重要講話を発表。

 2006年5月7-9日、第5回中日戦略対話が北京と貴州で開催。

 2006年5月18日、第5回中日東中国海協議が東京で開催。

 2006年5月23日、李肇星外交部長がドーハでのアジア協力対話(ACD)第5回外相会議に出席した際、日本の麻生太郎外相と会談。

 2006年7月4日、胡錦濤国家主席が、訪中した日本の小沢一郎・民主党代表と面会。

 2006年7月8-9日、第6回中日東中国海協議が北京で開催。

 2006年7月27日、李肇星外交部長がマレーシアの首都クアラルンプールでのASEAN地域フォーラム(ARF)外相会議に出席した際、日本の麻生外相と再び会談。

 2006年8月15日、日本の小泉純一郎首相が国際社会、アジアの隣国、および日本人民の懸念と反対を無視して、靖国神社を公然と参拝。中国側は厳正な申し入れを行う。

 ■氷を割る旅--2006年10月、日本の安倍晋三首相が訪中

 安倍首相は就任後初の海外訪問地に北京を選び、中日関係改善への決意と勇気を示した。この意味において、安倍首相の訪中は確かに、日本のアジア外交の膠着を打開する氷を割る旅であった。

 ■氷を溶かす旅--2007年4月、温家宝総理が訪日

 2007年4月11-13日、温家宝総理が日本を訪問し、安倍晋三首相との会談で「戦略的互恵関係」の構築、安倍首相の年内中国再訪問などで合意に達した。

 ■迎春の旅??2007年12月、日本の福田康夫首相が訪中

 2007年12月27-30日、福田康夫首相が中国を訪問し、胡錦濤国家主席、呉邦国委員長、温家宝総理と会談した。専門家はこの訪問を迎春の旅と呼んだ。

 (編集NA)

 「人民網日本語版」2009年9月8日

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