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ネット時代には一層の公開が必要

 腐敗の大部分は裏操作と関係がある。群衆事件の発生も情報の非公開や不透明性と不可分だ。まさにこのことから「白日の下に晒すことが最良の防腐剤」「デマは公開で止む」が社会全体の共通認識となり、情報公開の推進加速がネット時代の差し迫った要求となっているのだ。

 伝統社会の情報伝達はもっと一方通行で、情報量も限られていた。一方ネット時代の情報伝達は網状であり、「私=メディア」として、誰もがマイクを持ち、伝播者となる。人々の政治参与はより幅広く、深くなり続け、情報公開への要求もより高まっている。このような背景の下で、もし公開の意義を的確に認識せず、公開の必要を軽視することがあれば、虚偽情報の氾濫を招くだけでなく、批判や質疑の世論の嵐をも誘発しかねない。

 ネット時代においては、「言葉を失する」ことは「信頼を失する」ことにつながる。「隠蔽」はなおさらに受け身をもたらす。この理屈を理解している人は多いが、公開・透明の真の実現は、順風満帆なものではない。

 公開の難しさは、公開が権力を手放すこと、自発的に監督を受け入れることを意味することにある。ネット時代において公開を必須にすることの重要な意義は、公開によって自由裁量権を規範化することにある。裏操作がまかり通る自由裁量権は、往々にしてレントシーキングの機会を権力にもたらす。腐敗分子の多くが自由裁量権によってつまずいたことは、多くの事件が示す通りだ。公開によって、権力の運用者に「スポットライト」の下で働き、決定を行うことを会得させ、適応させる。こうすることで、自由裁量権の濫用を防止し、公平で公正な権力運用を実現することが可能になるのだ。

 公開は提唱するだけではなく、明確に規範化することがより必要だ。言い換えれば、情報公開は一種の自律とするだけではなく、強制的な指示とすることがより必要なのだ。だが実際の状況を見ると、党務、政務、工務、村務の公開を指示してはいるものの、その多くは具体性が不足している。特に公開の範囲、内容、処罰などの指示はなお画一性や運用可能性に欠けている。一部の地方政府は組織の職責や事務手続きなどの基本情報、あるいは痛くもかゆくもない昔の文書を公開するだけで、民衆や企業が強い関心を寄せる重要な事項はさまざまな口実をつけて公開しないということが多々ある。このような「公開」が「公開がしきたりであり、非公開は例外」との理念に背くものであることは明らかだ。

 ネットは公開により高い要求を突きつけると同時に、オープン、インタラクティブ、リアルタイムといったその特徴がさまざまな公開の実現をより容易にしてもいる。近年、一部の当局は審査認可の権限、条件、基準、手順、期限、その結果などを全てネット上で公開するようになっている。これは一目瞭然で、大衆は理解を、政府は潔白を得ている。一部地方政府の間ではネット報道官の設置も相次いでいる。これも政府情報公開の新たなルート、方法であり、社会や大衆に対して自発的に開放するという政府の姿勢を示すものだ。(編集NA)

 「人民網日本語版」2010年3月17日

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