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米誌:野心を失い弱気になった日本

 アメリカの月刊誌『Atlantic Monthly』9月号に掲載された『日本人はあきらめた(著:James Fallows)』より抜粋

 1980年代末、長きに渡ってのアジアでの仕事が終ろうしていた頃、私は家族とともに東京の郊外にある「美しが丘」という所に1年間ばかり暮らしていたことがある。新しく建設されたこの地域は、繁栄を始めたばかりの国家で、人々がやっとの思いで快適な暮らしを手に入れることができたことを象徴していた。

 このような郊外での暮らしは、どの部分からも、当時の日本の姿そのものを見ることができた。経済は絶頂期を迎え、更なる発展を遂げる可能性を日本は秘めていた。当時、驚異的なまでの揺るぎない自信に溢れていた中曽根康弘首相の政権は終わりを迎えた。90年代初めになると、改革精神と、国民の先頭に立って指導する熱い情熱を持った、細川護煕首相は、正に日本のビル・クリントンと呼ぶにふさわしい人物であった。細川内閣は国民に日本の未来の確かな展望と希望を見せ、日本は既に、更なる歴史的な変革を遂げる準備ができていると宣言した。

 そして、今年の夏、私と妻は変革を遂げた日本の姿を期待し、20年ぶりに戻ってきた。しかし、日本は全く変わっていなかった。あまりにも変化がなかったのである。

 80年代、60年代、あるいは20世紀初頭の10年間の官僚政治を良く知る人が、今日の日本の政治苦境を見たら、残念に思うだろう。1年前、日本国民は選挙で政界に衝撃的な奇跡を起こした。戦後以来ずっと日本の政治を主導してきた自民党を下ろし、民主党を、政権を握る政党として選んだのである。この政権交代は、2大政党制を確立しているアメリカに第3の政党が現れるようなものである。今年の夏、財政問題や不適格な言動が多くの人に軟弱で無力という印象を与えた鳩山由紀夫首相は、内閣の支持率をどんどん落とし、ついには辞めざるを得なくなった。

 80年代や90年代に改革が起きた時と同様、今の日本の改革も停滞している。一世代前から既に、日本とアメリカの特殊な軍事関係を根本的に考え直すには十分機は熟していたのに、日本は何も行動を起こさなかった。今となってはもう、熟し過ぎてしまっていて、結局何も変わっていない。

 では、日本の人々や社会も変化していないのか?80年代の頃、私は既に、日本人には独特なボディーランゲージがあると思っていた。今でも、一目見れば誰が日本人であるかはすぐにわかる。例えば、男性は携帯電話で話すときでも、条件反射のようにお辞儀をする。また、混雑した歩道では皆、身を縮めて窮屈そうに歩いている。中国人やアメリカ人が皆、リラックスして堂々と歩いている様子とは比較にならないほどだ。日本人は変わっていなかった。

 そして、アメリカやヨーロッパと同様、日本の人口も速いペースで高齢化が進んでいる。他の裕福な国家と違うのは、日本の人口は減少し続けているという点である。今後50年の間に、人口が今の半分にまで減少すると言っている人もいる。この原因は移民を受け入れられないことだ。しかし、日本人はまだこの問題に真剣に向き合っていない。ロンドン、パリ、ローマの街角を歩いている人々の顔は、80年代の頃とは全く違うが、東京の人々の顔や表情は、今でもあの頃と全く変わってはいない。

 80年代、日本の若者、科学者やビジネスマンは当時の中国や韓国の人々と同様、互いに自分の国の更なる発展を目指し、強い信念と野心を持って努力していた。観光、ビジネス、研究などの分野でも積極的に世界各国と交流をしてきた。しかし現在、『ワシントンポスト』によると、アメリカの高校に留学する日本の学生は10年前の半分に過ぎない。これは世界のどの国とも正反対の傾向にある。就職の厳しい現状に対する不安は、学生をどんどん安定志向に走らせる。だから、高校生活を送ることに必死であり、決してそれ以外のことに時間をかける危険は冒さないのである。日本人は積極的な冒険心を失ったのだ。

 傲慢なまでの日本人のプライドの高さが多くの問題を起こす原因となったこともあった。しかし、今となって私は、日本人がかつて持っていた自尊心を今一度取り戻してくれることを願っている。

 「中国網日本語版(チャイナネット)」 2010年8月25日

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