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日本政界に若手が台頭 中国の対日外交の難問に? (3)

 保守思想に洗脳された日本政界の若手

 「前原、お前は頭を十分使っとらん、大学教授にはなれんよ」。1985年、京都大学法学部を間もなく卒業しようとする前原氏に、恩師の高坂正堯氏は教訓を垂れた。修士・博士課程には進まず、学問を捨てて政治の道に入った。

 高坂氏のこの言葉が、前原誠司氏を変えていれば恐らく、日本の政治の行方も変わっていたかも知れない。高坂氏は想像していたかどうか、氏の新保守主義思想がすでに25年を経た今日、賢明には見えなかった弟子の前原氏がその思想を徹底的に発揮していることを。

 今日、民主党の強硬な若手の間では、多くが高坂氏の著作を国際政治研究の必読書にしている。それだけではない、彼らにはこのほかに共通の「師伝」がある。松下政経塾だ。

 高坂氏は前原氏を学術の道に導かなかったものの、別の道、即ち松下政経塾に入る道を明示した。

 この松下幸之助氏が出資して設立した「私塾」の本意は、愛国心のある、指導力を備えた経営の人材や政治家を養成すること。だが、報道によると、政経塾の多くのカリキュラムは編成に当たって伝統化と軍事化の傾向があった。例えば、学生に三浦半島で1日100キロ走らせる、自衛隊で実地体験する、剣道を練習するなどだ。そのカリキュラムで、前原氏らは「大和魂」をより深く体験した。

 政経塾で、前原氏は七奉行の樽床氏、野田氏、玄葉氏と知り合った。

 「保守派の長兄」を目指す

 松下政経塾で「生まれ変わった」前原氏は、政治の道を歩み出す。91年に初めて議員になってからすでに6回も当選しており、若手の中の花形だ。

 恩師に「無才」と叱責された前原氏だが、「凌雲の志」があり、仙谷氏と枝野氏とともに02年に党内に「凌雲会」を設立。報道によれば、現在の会員は50人余り、毎週木曜に議員会館内の会議室に集まり、カレーを食べながら議論する。こうした定期的な集会は、「前原派」が確立されたことを示すものだ。

 「自民党内の派閥主義、劇場政治などは、いずれも次第に民主党に採り入れられるようになった」。日本の政治を長年にわたり研究している学者・任景国氏は民主党の最近の重要な変化を見て取っている。

 今後、民主党内の保守勢力が強大になるに伴い、「凌雲会」が60人を超える規模にまで拡大する可能性がある、と予想する専門家もいる。だが、「凌雲会」というこの名称には実は、巧妙な手段が潜んでいる。ある専門家は「日本の右翼のボスが幅広く使っている別名は「立雲」だ。前原氏は自身の会を「凌雲」と命名し、声を上げず、響かせずに右派思想を持つ政治家を自らの旗の下に抱き込もうとしている」と分析する。

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