2010年12月1日    メールマガジン登録I-mode登録中国語版日本版
人民網日本株式会社事業案内  更新時間:11:21 Dec 01 2010

日本、かつて西ドイツと核保有を議論

 日本外務省は29日、日本政府が1969年に西ドイツ政府と日本の核兵器保有の可能性について議論していたことを認める調査報告書を発表した。「米国からの自由を獲得する」ために双方が協力することも提案したという。

 核兵器製造を示唆する発言は、1969年2月3日から5日まで行われた両国外務省の「第1回日独政策企画協議」の際のもので、日本側は鈴木孝国際資料部長、西ドイツ側はエゴン・バール政策企画部長らが出席していた。双方は東京での正式協議の後、神奈川県箱根市でも会議を開いた。核関連の発言は箱根で行われ、日本側の記録には残っていないが、ドイツ側の文書には記載がある。バール氏は11月8日、発言について「鈴木氏は『必要な場合、日本は原子力とロケットを開発する。朝鮮などの脅威が生じれば、核兵器を製造することもできる』と述べた」と証言した。

 報道によると日本外務省高官は当時ドイツ側に「日本の政策計画部門は、核拡散防止条約(NPT)署名後10-15年内に異常事態が生じるかも知れず、それにより日本は条約の義務を免れる可能性があると考えている」と伝えた。ドイツ側文書は「(日本側の)政策計画部門は厳しい国際監視の下でも、核分裂物質の5%前後を抽出することを防ぐすべはなく、これは核弾頭生産の基礎となりうる」と示唆したとしている。

 さらに29日に機密解除された日本の外交文書は、NPT加盟について議論する際、米国の「核の傘」の喪失や中国の核兵器開発への懸念から、日本外務省内に独自の核兵器保有に賛同する論調があったことをはっきりと示している。日本は1970年にNPTに署名してから1976年に批准するまで6年余りの時間を費やしたが、その背景には核兵器に関する一連の議論があったのである。(編集NA)

 「人民網日本語版」2010年12月1日

関連記事
  評 論
  中国メディアが見る日本 
  おすすめ特集

地方情報

北京|天津|上海|重慶|吉林|遼寧|河北|山西|山東|河南|江蘇|浙江|安徽|福建|江西|湖北|湖南|広東|広西|海南|四川|貴州|雲南|西蔵|青海|陝西|甘粛|寧夏|新疆|香港|澳門|台湾|黒竜江|内蒙古