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731部隊の罪証を探す発掘に日本の民間の平和への努力を見る

 日本の厚生労働省は2月22日、旧陸軍軍医学校跡地で発掘を始めた。メディアは悪名高い日本の細菌部隊に再び注目しているが、日本政府が跡地発掘に至った背景に、日本国内の平和団体と平和関係者による長年の努力があったことは、あまり取り上げられていない。(文:歩平・中国社会科学院近代史研究所所長)

 1989年に東京都新宿区戸山の建設工事現場で、驚くべきことに人骨約100体が発掘された。戦時中に陸軍軍医学校があった土地だったうえ、同校の防疫研究室主任が731細菌部隊の石井四郎隊長であったことから、731部隊の人体実験との関係が自ずと疑われた。新宿区民を中心に設立された民間の「人骨問題を究明する会」は、人骨を適切に保管し、科学的調査を行い、発掘と研究をさらに進めるよう地元当局に求めた。当時同会の責任者は私に「日本による中国への侵略戦争はすでに終結から長い年月が過ぎた。日本の若い世代は当時の戦争のことを理解しておらず、日本が負うべき戦争責任についてはなおさらに認識していない。私たちは人骨の発見を契機に、731細菌部隊の罪を暴くことで、日本の若者に侵略戦争の罪悪と私たちの責任を認識させたい」と語った。

 日本の民間平和団体は1992年から、日本軍による細菌戦を暴露する巡回展示会を日本各地で開催してきた。1996年には日本軍による化学戦の罪も加えた。展示会は約70都市で開催され、数十万人が来場した。こうした展示会と日本軍による戦時中の婦女暴行を追及する日本各界の運動、中国人戦争被害者による日本での訴訟を支持する運動とが一緒になって、戦争責任と戦後責任に対する日本民衆の考えが深められた。展示会が開始された1990年代初めには、中国侵略戦争での細菌兵器や化学兵器の使用という日本軍の罪について、多くの日本人はよく知らなかったが、現在では幅広く知られるようになった。

 日本では平和運動に携わる人には政治家や学者もいるが、最も多いのは普通の市民だ。第2次世界大戦後、一般の日本人は広島と長崎の原爆の「被爆体験」から平和運動を始めた。自らの戦争被害から出発した、このような比較的狭隘な平和思想は、侵略戦争の責任と戦後責任について考える中で昇華され、第2次世界大戦の被害国の人民と共同で侵略に反対し、平和を維持するものへと発展した。だが常に保守派や右翼勢力から妨害され、破壊されて、非常に苦しく曲折した道を歩んできた。

 中日両国人民は侵略戦争に反対し、平和を守るうえで共通の目的を有している。だが、相互理解の強化も必要だ。02年に始まった中日韓の学者と教師による東アジア近現代史教材の共同編集、06年に始まった中日両国の学者による歴史共同研究は、いずれも東アジア各国人民間の相互理解を促すための努力だ。戦後日本の平和の力、特に「草の根」の力による努力を理解することが、中日両国の民衆レベルの交流と相互理解の強化において非常に重要だ。(編集NA)

 「人民網日本語版」2011年3月2日

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