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福島の英雄 西洋人がわからない東洋人の価値観

 米国のような西洋人は理性的な判断が感情的なものを絶対に上回るが、東洋人は理性的な判断を感情の上に築いている。このため米国の専門家は、福島の神風的な50人の、決死の覚悟で最後のとりでを守ろうとする「自殺的行為」は理性的ではないとする一方、まさにそうしたことが「困難だとわかっていてもねばる」東洋人らしい心理をあらわしているという見方を示す。台湾紙「中国時報」が18日付で伝えた。

 概要は次の通り。

 福島原発の原子炉爆発による放射線の放出が危惧されるなか、最後のとりでを守ろうと作業を続ける50人の決死の覚悟に、多くの人が感動したにちがいない。これに対し、米国の政府高官や専門家はすでに遅すぎるとの見方を示し、残って作業する作業員は神風的な自殺行為に等しい、どう処理しようともう放射線漏れは阻止できないと非難する声まである。

 作業員の家族はどういう思いでいるのだろうか?地元の住民が50人の英雄に称賛を送るとき、もし自分だったらそんな危険を犯す勇気があるかと考えてしまう。

 「自分に厳しく、他人には優しく」というが、それがもし生死がかかっていたとしたらどうだろう?そんなに簡単なことではない。若い頃、「黄花崗72烈士」のひとり、林覚民の「妻との決別書」に出てくる「吾充吾愛汝之心,助天下人愛其所愛,所以敢先汝而死,不顧汝也」(あなたへの愛に満ちている心を、天下の人々が愛する者を愛せるために使いたい。だから私はあなたをおいて先に死に赴く)という一文を読んで、こうした自分の愛を顧みない無情こそが先哲・荘子のいう大きな愛だと思った。

 米国のような西洋人にとっては、理性的な判断が感情的なものを絶対に上回る。それぞれの人の行動の違いは受けてきた道徳的教育が違うためだ。己を愛せない者がどうして人に他者を愛せと要求できるかという概念は、博愛の精神を求める西洋のキリスト教的な愛と大きく異なり、社会の発展や制度の確立のいずれにしろ、東西ではまったく基本理念が異なる。このため米国の専門家は、神風的な行為を理性的ではないとする一方、困難だとわかっていてもねばる東洋人らしい心理をあらわしているという見方を示している。

 西洋文化は「法・理・情」の順序で成り立っているため、制度がまず要求され、次に道理と人情がくる。東洋では「情・理・法」の順で重んじられるため、制度の確立は人を土台にしている。人がいなければ制度も必要ないという考え方をする。そうしたことを基準にするべきこととするべきでないことを判断するため、泰山が崩れても顔色を変えないが、早くから「命は泰山より重く、鴻毛よりも軽い」という考え方があるため、命をかける意味があれば、死を恐れずに立ち向かう勇気があるのだ。

 筆者が強調したいのは、事前に細かく計画を立てるのは指導者に必要なことだが、差し迫った状況ではどんな非難も役に立たない、いかに素早く解決するかにかかっているということだ。当然、事後話し合って改善し、悲劇を回避することも社会がなすべき理性的な行為だといえる。

 「中国網日本語版(チャイナネット)」 2011年3月21日

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