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変革を迫られる疲弊日本

 文=コラムニスト・陳言

 福島原発事故は、日本にも同じような危機をもたらした。行政における初歩的判断ミスや、その後の対応が鈍いことで、国全体に大きな失望と疲弊をもたらした。

 新たな変革なしには、日本がこの絶望的な疲弊から抜け出すことは難しいだろう。

 日本のこのような疲労を感じたのは、初めてである。3月11日に発生したM9.0の東日本大震災は、1995年日本人に大きな悲しみの記憶をもたらした阪神淡路大震災を更に大きく上回るもので、その大きさは想像を絶するものである。M7.0の地震はTNT48万トンの爆発に相当する。M9.0では、その1000倍のTNT4.8億トンの爆発に相当、その突然の襲来が全てを変貌させてしまった。

 当初、日本国民は極めて冷静だったと言える。良好な社会秩序のもと、人々は政府指導によってこの災難に対応できると信じていた。しかし、被災後12日が過ぎた23日には、人々の政府に対する絶対的信頼感が揺らぎ始めた。現場で救援に当たる部隊は疲労困憊、避難所の被災者達も食料・衣料が不足する環境に不満の声を漏らすようになった。また、一日数十回に及ぶ余震が、人々を船酔いのような吐き気や苦しみ、そして不安な状態に陥れている。

 百時間以上休まず働いた枝野官房長官は機械的に事務室が準備した原稿を読むが、その声は活力に欠けている。しかし、この決してハンサムとは言えない彼の、過労死するとしてもそれはテレビカメラや記者の面前でと言わんばかりに、最後の力を振り絞っているその闘志が、テレビの前の全ての国民に伝わり、人々は敬服の念を抱いている。

 枝野氏は、今回の震災で、ようやく多くの日本人にその顔をはっきりと覚えられることになった人物である。実際、これまで彼はあまり人々に好かれているとは言えなかった。中日漁船衝突事件発生後、枝野氏の強硬姿勢は多くの人々を唖然とさせた。日本政治家に良く見られる冷静さや慎重さとは対照的に、枝野氏の態度は「口汚い罵り」という言葉で表現できる。

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