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元大将:旧ソ連の原発事故処理は日本に勝る

「石棺」と呼ばれるコンクリートで覆われたチェルノブイリ原発4号機

 今年4月26日で、チェルノブイリ原発事故は発生から25周年を迎えた。この事故の救援活動を指揮したニコライ・アントシュキン上級大将は、「旧ソ連の当時の対処は日本より遥かに優れ、今回の日本の福島原発事故での対処はまさに『スローモーション』だ」と指摘した。

 英誌「デイリー・テレグラフ」の4月2 5日の報道によると、アントシュキン上級大将は、日本の原発事故の処理のひどさに驚いたとし、「最初は大量の放射性物質が漏れていなかったが、日本は時間を無駄にした。そして、スローモーションのように行動した。旧ソ連は2時間半以内に原発周辺から4万4600人を避難させ、その日のうちに避難民を『通常の快適な場所』に移した」と述べた。

 「一方、先進国の日本を見ると、被災者は体育館で生活し、衛生状態の良くない屋内競技場の床に寝ている」と、アントシュキン上級大将。

 また、今年68歳のアントシュキン上級大将は、日本人に自分たちだけで原発事故に対処する能力はなく、国際社会の援助に頼る必要があることは明らかだと見ている。さらに、「今回の日本の災害はチェルノブイリより深刻だと思う。現在もっとも重要なことは、チェルノブイリの3倍、4倍さらには5倍に深刻化させないことだ」とした。

 報道によると、チェルノブイリ原発事故の発生直後、アントシュキン上級大将は放射性物質の拡散を防ぐため、当時のパイロットに空から原子炉に鉛や砂、土などを投下するよう指揮した。事故発生後の10日間で、アントシュキン上級大将の飛行部隊の飛行は4000回に及び、彼らは膨大な量の放射線量を浴びた。当然、パイロットは被爆することを知っていた。しかし、原子炉を一刻も早く遮蔽する必要があることも知っていた。彼らに現場から離れるよう何度言っても、彼らは現場に戻っていったという。当時の飛行任務に当たったパイロットの多くが癌で亡くなったことがわかっている。

 「中国網日本語版(チャイナネット)」2011年4月27日

爆発後のチェルノブイリ原発4号機。(資料写真)
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