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『チベット平和解放60年』白書、6つの面から史実を明らかに (2)

 パンチェン10世(パンチェン・ラマ10世)とダライ14世(ダライ・ラマ14世)の関係についても、うまく解決されている。ダライとパンチェンがチベット仏教ゲルク派の2大活仏であり、いずれも中央の册封と認定を経たものであることは皆さん知っての通りだ。歴史的な帝国主義による挑発のため、ダライ13世とパンチェン9世は仲違いした。平和解放協定締結までパンチェン10世は本拠地に復帰できず、当時西蔵地方政府とダライ・ラマ14世はパンチェン10世の合法的地位を承認していなかった。平和交渉の過程で中央人民政府の代表は西蔵地方政府の代表に、国民政府がパンチェン10世を認定していたことを示す公文書や資料、当時の西蔵地方政府もパンチェン10世の即位式に代表を派遣していたことを示す写真を見せた。西蔵地方政府の代表は最後にはパンチェン10世の合法的地位を認めた。このため十七か条協定の中にはダライとパンチェンの歴史的地位に変更はないとの記述がある。

 協定締結の際に中央人民政府の代表が西蔵地方政府の代表に多くの内容を押しつけたか否かとの問題もある。今回の白書では中国語とチベット語の2つの原文の問題について特別に言及している。当時は中国語原文しかなく、後になって翻訳し、西蔵地方政府代表に渡されたと言い続けている者がいるからだ。事実は違う。西蔵平和解放に関する交渉の全過程において、常に中国語とチベット語の原文が同時に存在した。当時、中央人民政府の全権代表を務めた李維漢氏は中央統一戦線工作部の昔の部長でもあり、わが党の先代のプロレタリアート革命家だ。当時李氏はチベット語への翻訳担当者と中国語への翻訳担当者に互いに会わないように指示した。これは彼らが先入観にとらわれることのないようにだ。たとえば私がチベット語への翻訳を担当するとして、先にチベット語の原文を見てしまったら先入観の問題が生じうる。このため李氏は両グループに翻訳が終ったら自分の元に提出させ、2つの原文を照らし合わせ、翻訳が十分に精確でなかった場合に改めて双方の翻訳担当者と話し合った。つまり実際の翻訳はかなり細かく行われた。中央人民政府の代表と西蔵地方政府の代表は完全に一致するチベット語と中国語の原文を読むことができたのだ。

 白書は西蔵地方政府の代表が交渉過程でダライ・ラマおよび地方政府、つまり当時のガシャ政府と滞りない連絡ルートを保っていたかどうかという問題についても言及している。西蔵地方政府代表は交渉の全過程においてガシャおよびダライ・ラマの指示を得ることができず、解放軍の西蔵進軍問題について独断で決めるほかなかったと言う者がいるが、これは完全に事実と異なる。当時、多くの問題において交渉代表はガシャおよびダライ・ラマと緊密に連絡をとっていた。彼らの持ってきた無線装置がその手段だ。多くの重大な問題は、いずれもダライ・ラマと西蔵地方政府の同意を得た後に決定していたのだ。(編集NA)

 「人民網日本語版」2011年7月15日

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