2011年7月20日    メールマガジン登録I-mode登録中国語版日本版
人民網日本株式会社事業案内  更新時間:10:49 Jul 20 2011

チベット平和解放後の巨大な変化の証人 (2)

 中国共産党は社会主義新西蔵建設の指導的中核だ。西蔵の特殊な地理環境と歴史に基づき、党中央は一連の西蔵統治・安定・振興策を各時期に実施し、西蔵人民が正しい道に沿って前進できるよう指導した。早くも1950年代初期に党中央は西蔵の特殊な状況に基づき、「慎重かつ穏やかな推進」を堅持し、西蔵平和解放の方針を策定。中央政府全権代表と西蔵地方政府全権代表の交渉によって西蔵問題を平和的に解決し、西蔵人民を戦禍から守り、西蔵から帝国主義勢力を駆逐し、国家主権を守り、西蔵を中華人民共和国の懐に戻した。民主改革と西蔵自治区の成立時期には腐った封建農奴制度を粉砕し、百万の農奴を解放し、社会生産力を解き放ち、社会制度の偉大な飛躍を実現した。改革開放初期には西蔵の実情に照らし、「2つの長期不変」政策(農耕区での土地所有権と自主経営権、牧畜区での家畜所有権と自主経営権を長期的に保証する政策)を堅持して、西蔵経済の回復と発展を実現し、人民大衆の生活水準を向上させた。それ以来、経済建設を中心に、発展と安定という2つの大きな取り組みに尽力して、都市と農村の姿を一新させ、人民大衆の生活を大幅に向上させた。2010年に西蔵の域内総生産は507億4600万元に達した。これは可比価格計算で1951年の113倍に相当する。農牧民の1人当たり純収入は4138.7元で、民主改革初期の118倍に相当する。

 中国の特色ある社会主義路線は西蔵繁栄の正しい方向だ。60年前の旧西蔵で実施されていたのは中世欧州よりも暗黒で、野蛮で、残酷で、立ち後れた、政教一致で僧侶・貴族共同独裁の封建農奴制だった。人口の5%足らずの「三大領主」が全ての土地とほとんどの家畜を占有していた。人口の95%以上の農奴と奴隷は生産手段を持たず、人身の自由と政治的地位と呼べるものもなく、帝国主義と封建農奴主の二重の抑圧に苦しみ、生活は極度に苦しく、社会・経済・文化全体が長期間停滞していた。西蔵平和開放以来、民主改革、社会主義改造、改革開放、社会主義現代化を経て、経済と社会は輝かしく発展した。旧西蔵には近代工業がなく、農奴が背負ったり、家畜を用いるのが主な交通手段だった。現在はすでに電力、鉱業、建材、製薬、機械修理、食品、印刷などの工業があり、道路、鉄道、航空、パイプラインからなる交通輸送網が整備されている。特に青蔵鉄道の開通によって、鉄道の通じない歴史に終止符が打たれた。西蔵人民の生活水準は著しく改善され、教育、科学技術、文化、医療衛生事業は急速に発展している。全国に先駆けて無償義務教育を実施し、義務教育段階の農牧民の子女を対象とする「三包」(食費・寮費・学費の援助)政策を実施し、適齢児童の入学率は2010年の段階で99.2%に達している。各種科学研究・普及機関は184カ所に達し、専門の科学技術要員は4万8500人に達している。チベット学、高原生態、チベット医学などの研究は全国をリードし、世界的影響力のある成果を上げている。全国に先駆けて医療保険の全都市・農村部カバーを実現し、無料医療を基礎とする農牧区医療制度を段階的に構築して、平均寿命は平和解放時の35.5歳から67歳にまで伸びた。チベット民族の優れた伝統文化は継承・発揚され、チベット語の学習・使用・発展は法制化され、ポタラ宮、ノルブリンカ、サキャ寺などの文化財や古跡は補修・保護され、「ゲサル王伝」などは無形文化遺産保護リストに入れられて迅速に保護されている。現在西蔵は経済は繁栄し、社会は安定し穏やかで、人民の生活は幸福だ。私は痛感する。社会主義路線を歩み、中国の特色と西蔵の特徴ある発展の道を歩んでのみ、西蔵人民に明るく幸せな素晴らしい明日をもたらすことができるのだ。(編集NA)

>>【特集】西蔵(チベット)平和解放60周年

 「人民網日本語版」2011年7月19日

[1] [2]

  評 論      プレスリリース配信
  中国メディアが見る日本 
  おすすめ特集

地方情報

北京|天津|上海|重慶|吉林|遼寧|河北|山西|山東|河南|江蘇|浙江|安徽|福建|江西|湖北|湖南|広東|広西|海南|四川|貴州|雲南|西蔵|青海|陝西|甘粛|寧夏|新疆|香港|澳門|台湾|黒竜江|内蒙古