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東日本大震災とこの1年の日本の巨大な変化

「週刊!深読み『ニッポン』」第8回

 「週刊!深読み『ニッポン』」第5回--「中日両国の金融協力、人民元国際化に向け画期的な進展」

 「週刊!深読み『ニッポン』」第6回--「「少子高齢化」:日本経済の長期低迷の大きな原因」

 「週刊!深読み『ニッポン』」第7回--「日本の「海洋国家」論」

 文:陳言・日本企業研究院執行院長/日本問題のコラムニスト

 日本は現在急激な変化の中にある。古いモデルは消え去ろうとし、新たな態勢が形成されつつある。天災によって社会変化が起きるわけではないが、様々な社会矛盾が明るみに出ることは往々にしてある。昨年3月11日の東日本大震災によって、世界は様々な面で日本社会の巨大な変化を目の当たりにしている。(文:陳言・日本企業(中国)研究院執行院長)

 被災地を訪問してみて、これほど深刻な地震と津波の中で、日本の被災者がどう助け合っているのかを直に目にした。「他の地区の人に先に救援物資をあげてください。私のところはまだやっていけますから」。食料や水を届けに来た車を前に、自らは食料を受け取らず、もっと困っている人々の所へ行かせた人は1人ではない。実は彼ら自身もすでに長い間、少しの食べ物を数人で分け合っており、それもすぐに底をつきそうな状態だったのだ。

 だが東京などの大都市では、食料や水が不足していないにも関わらず、スーパーに行っても小さなミネラルウォーター1本以外、ほぼ何も買えない状態が数日続いた。被災地よりも不足していたのだ。だが実際には、大都市の住民の多くは自宅に数週間、あるいは数カ月間分の食糧を備蓄していた。

 原発事故後、福島県の瓦礫は放射能の有無に関わらず、処理施設が不足し始めた。一部の地方の人は福島県民を見ると、伝染病患者がそばに来たかのように接触を避けたがった。同じ日本人がこの時、あるべき思いやりを欠いていたのだ。

 被災地に足を踏み入れた人はみな、こうした社会の変化を身をもって感じた。だがより深いレベルの変化は、人々が容易には観察できない場所に存在する。東日本大震災から1年を迎えるにあたり、振り返ってみると、この変化の強烈さに気がつく。

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