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日本の政官関係の苦境--官僚と再び対決 (2)

「週刊!深読み『ニッポン』」第12回

 1945年の敗戦から1955年の「55年体制」形成までの10年間、日本社会にとって発展のテーマは民主改革と戦後の経済再建だった。この時期は政策形成において官僚が優勢に立ち、主に保守政党に対して強い浸透力を持った。

 55年体制の確立から高度経済成長が一段落した70年代中頃までは、これまでに形成された官僚主導の政策の伝統と、経済復興と現代化の再推進が内在的に官僚を必要としたことから、国の政治・経済における官僚の主導的地位はまだぐらつかなかった。また、保守合同で形成された自民党は一党のみで巨大化し、戦後政党政治の安定構造を構築した。だがまだ歴史が浅く、社会的基盤も弱いために、依然として官僚に大きく依存し、政治、経済、社会の発展を独自に主導する能力はまだ備えていなかった。一方で、経済成長が全面的に進むにつれて、官僚が全面的に主導する体制も困難に直面することが多くなった。

 70年代中頃から日本の経済成長は減速し、中成長期を迎えた。現実の経済状況は、社会に対する官僚の作用と影響力を不可避的に弱めた。一方で、与党の社会各階層に対する利益誘導メカニズムと政策決定能力は強化され続けた。

 90年代中頃以降、政策決定システムにおける政官関係の「政高官低」への変化は一段と加速。こうした時代背景の下、政策決定システムは伝統的な「ボトムアップ」方式から、「トップダウン」「権力集中」「官僚叩き」など戦後モデルを変える方向へ向かった。

 日本の政策決定は通常ボトムアップ式だ。つまり多くの政策は下から意見を集め、調整と協議を重ねた後に最終的に決定される。対象範囲の比較的狭い政策の法案については課長または課長補佐が先頭に立ち、政策に詳しい課員が共同で起草する。完成した法案は局の幹部による審議にまわされ、承認後は主管局長・幹部会議による審議にまわされ、主管課長が説明を行い、最後に関係省庁の大臣または長官によって採決される。裁決後は内閣法制局、与党の政策決定機関、閣議で順次審議し、政府法案として国会審議にまわされる。

 このような政策決定システムの下、最高政策決定者は通常トップダウンで政策決定課題を打ち出し、その決定と実施を推し進めるのではなく、ボトムアップで上げられてきた政策決定案を承認する形を取る。

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gangqi   2012-03-30106.172.173.*
日本の政治は、官僚によって、特に大蔵官僚によって決められてきた、というのは、ほとんどの日本人なら、良く知っている。現在、連立政権から離脱したり、政権与党内部でも、政府から辞職する政治家が多い。消費税の強行が原因だ。大蔵官僚による政策は、また、為替相場の単独介入、つまり米国の反対を押し切って、米国に対立する形で行われた。この種の民族主義の結果は、日本に対するUN(United Nations)のPKO依頼という形で、即座に帰ってきた。違憲の疑いがある自衛隊の海外派兵は、UNを通じた報復である。直接的には、TOYOTAに対する議会の聴聞会とリコールという形で現れている。これが優れた政策で、優秀な大蔵官僚なのだろうか?単に視野の狭い民族主義者の集まりではないのだろうか?そうした無知な右翼しかトップになれない仕組みが官僚機構にあるのではないだろうか?最近、そんな思いがよぎる。
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