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国策に影響を与えた中日家族計画協力

「週刊!深読み『ニッポン』」第35回

「週刊!深読み『ニッポン』」

 中国の基本国策である家族計画(中国では「計画生育」と呼び、主に一人っ子政策を指す)は今や誰もが知っている話題であり、国内外で幅広い関心や激しい議論を呼びやすい問題でもある。(文:周冬霖・中国中日関係史学会理事、中日桜花文化交流センター主任)

 家族計画事業について、一般民衆の認識はほとんどが「人口抑制」のレベルに止まっている。事業の時代に合わせた「モデル移行」、「少なく産んで大切に育てる」を押さえ、さらには「人口の資質を高める」目的を達成するために行われている取り組みについては、ほとんど知られていない。

 中国の家族計画事業と日本との関係となると、部外者にとっては、なおさらに初耳だろう。私は少し前に日本のジョイセフの本間由紀夫事務局長補兼中国事業部長と会って、過去30数年間にわたる中日家族計画協力に対する理解を深めた。

 日本の家族計画とはどういうものか?

 これは1945年の戦争終結後に遡る。数多くの兵士と海外居住者の帰国に伴い、日本はかつてない出産ブームを迎えた。物資の欠乏、経済の逼迫、失業が普通という際立った社会貧困を前に、多くの日本人は1日1杯のお粥を得るために懸命に働いていた。このため不法な人工妊娠中絶の件数も急増した。日本政府も一連の迅速で効果的な措置を講じ、人口増加を抑制した。1951年には「人工妊娠中絶を減らすため、受胎調節措置を推進しなければならない」と閣議決定。1952年に厚生省が家族計画推進政策を発表し、本格的に家族計画が始まった。政府は保健所に優生保護相談所を設け、家族計画の普及を後押しした。

 こうした背景の下、1954年に主に家族計画事業を手がける民間組織「日本家族計画協会」が発足した。経済・社会の発展と変化に伴い、その重点は「家庭保健」と「生殖健康事業」へと移行。一連の人間的な活動によって全国の家族計画に協力した。政府のマクロコントロールと民間組織のマクロサービスを通じて日本の家族計画事業は著しい成果を上げ、国際社会も関心を寄せるようになった。

 日本のノウハウをより広範に世界各国と分かち合うため、1968年4月に外務省と厚生省の認可を得て、人口と家族計画分野の国際協力を行うNGOジョイセフが正式に発足した。ジョイセフ創始者の一人、国井長次郎氏(1996年4月他界)の家族計画思想はいまなお世界各国の家族計画事業に計り知れない影響を与えている。国井氏は「家族計画をそのまま行おうとしても人々には受け入れがたいという問題を解決するには、家族計画事業を人々に利点をもたらす他の計画と結びつけなければならない」と主張。「情理にかなった家族計画」「人間本位」「受け入れられること」「家族計画を生殖の健康、寄生虫駆除、大衆の生産発展の支援などと一体化させる」という理念を打ち出した。国井氏と同僚たちは戦後日本の家族計画分野のノウハウを大国に紹介するため、長年にわたって、様々なルートを通じて国内外で宣伝と資金募集を行い、アジア、アフリカ、中南米の25カ国で家族計画、母子保健、寄生虫駆除を一体化した事業を試行し、人的資源の育成、日本の進んだ母子保健や予防医学のノウハウの普及において多大な成果を上げ、国際的に広く評価された。ジョイセフは2001年に国連人口賞団体賞を受賞してもいる。

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