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専門家:中国残留孤児を育てた養父母の記念館設立を提案

 第二次大戦後に中国残留日本人孤児を引き取って育てた中国人養父母を長期的に調査してきた吉林省民間文芸家協会の主席専門家・曹保明氏(中国民間文芸家協会副首席)は19日、「中国人養父母の愛は、血縁関係を超越し、国境を超越し、恨みを超越した。このような愛は人々の記憶の中に封印されてしまうのではなく、中日両国の人々の心に刻まれるべきだ」と語り、養父母のために記念館を設立し、彼らの事を語り継いでいくよう提案した。新華網が伝えた。

 中国人養父母と日本人残留孤児の関係には特殊な背景がある。日本による中国侵略戦争期間中、日本軍は前線に十分な補給を提供するべく、いわゆる「満州農業移民百万戸移住計画」を実施、1936年から1945年までに7万戸、約20万人の貧民が「開拓団」として中国の東北地方に移り住んだ。その後、日本は1945年に降伏し、日本軍はあわてて撤退した。日本の移民の一部は日本軍によって殺され、残る人々はあちこちに逃げ回った。当時、中国にとり残された日本人孤児は5000人あまりに上る。上は13歳、下は生まれたばかりの赤ん坊もいたという。

 これらの孤児は中国人に引き取られ、育てられた。「中国人養父母も戦争の苦しみを経験したばかりだった。故郷は侵略され、家族が殺された人もいた。しかし、彼らは敵の子供に人として最大限の愛情を注いだ。彼らは子供たちを見て、恨みではなく、生命を守ることを一番に考えた」。

 中日国交正常化後、多くの日本人孤児は日本に渡り、中国人養父母は孤児との別れを余儀なくされた。そして今、養父母の数は徐々に減りつつある。吉林省長春市にある「中日友好楼」は1989年、笠貫尚章氏の資金提供により建設されたものだ。この建物は、中国人養父母が住むために建てられた中国唯一のアパートで、当時は39人の養父母が住んでいた。しかし現在、ここに住むのは90歳の崔志栄さんのみだ。ハルビン市赤十字会日本孤児養父母聯誼会の石金楷秘書長によると、今ハルビンに住む中国人養父母はわずか5人だという。

 曹氏は「関連部門は存命している中国人養父母に生活扶助を提供すると共に、彼らに関する資料を保護し、情報を記録・整理し、記念館を設立し、文化財、写真、文字、映像などの形式で、彼らと日本人孤児の感動の物語を紹介するべきだ」との見方を示す。(編集SN)

 「人民網日本語版」2011年9月20日 

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