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後藤淳氏、「ピンポン外交」との深い縁

 1971年、中米のピンポン外交は世界を震撼させた。それから40年が経った今年、ピンポン外交の記念活動が相次いで行われている。中国卓球代表団の米国訪問活動が幕を閉じたかと思うと、今度はピンポン外交誕生の地である名古屋で記念活動が盛大に行われた。

 「ピンポン外交」40周年を記念すべく、第31回世界卓球選手権の会場となった名古屋の愛知県体育館で9月末、第40回後藤杯卓球選手権大会が行われ、当時の中国チームの監督だった徐寅生氏、主力選手だった庄則棟氏、希恩庭氏、林美群氏らが名古屋を訪れた。

 ▽名古屋を訪れた卓球使者

 ピンポン外交と名古屋は切っても切り離せない。名古屋は「ピンポン外交」のおかげで一躍世界的に有名になった。そして名古屋の「ピンポン外交」で言及しないわけにいかないのが後藤こう二氏の存在だ。当時日本卓球協会の会長であった同氏は、右翼の脅迫に屈せず自ら北京を訪れ、中国卓球協会に世界卓球選手権への選手派遣を要請した。これにより、それまで2大会連続で不参加だった中国卓球チームが国際試合に復帰を果たし、中国チームが復帰したことでその後の「ピンポン外交」に向けた条件が整ったのだ。

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