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日本の女子高生の象徴「セーラー服」の由来 (4)

 女子は、女性兵士専用の軍服がなかったため、セーラー服が採用された。現在一般的に見られるような上下セパレート型のセーラー服を制服として最初に採用した(1921年)のは福岡県の福岡女学院であるとされている。以降、セーラー服は少しずつ制服として普及し、日本全国に広まり、戦前には日本の全ての学校の女子学生がセーラー服を着用するようになった。また、もともとセーラー服の下はズボンだったが、日本の文化にも合わせてスカートに変わった。このころから、同じ軍服を着る男女の学生に違いができた。これは、日本の社会にも伝統的に男尊女卑の文化があることとも関係し、男子学生は指揮を行う士官の軍服を、一方の女子学生は指揮を受ける兵士の制服を着て、権威と服従を表した。このような方法で社会の秩序を守ることもできたとされている。その後、時がたつにつれ、セーラー服は日本全体の動員体制の重要なツールとなり、絶対服従の象徴ともなった。もともと子供服だったセーラー服が日本に伝わってこれほど大きく変化するということは、英国も予想だにしなかったことだろう。(編集KN)

 「人民網日本語版」2012年10月31日

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