メールマガジン登録
I-mode登録
ホーム|五輪|文化|経済|社会|政治|中日交流|評論|科学技術|写真|動画|転載|過去の記事文字
現在位置:人民網日本語版>>社会・生活>>注目トピックス
更新時間:11:27 Dec 07 2008
「拉先生」と呼ばれる日々
 登場人物:ラリサ(日勃克列夫?斯卡婭?拉麗莎)さん、52歳、ウクライナのドネツィク出身。現在は雑誌「パートナー」のロシア語版編集。

 私が18年前にウクライナから来たときの哈爾濱(ハルピン)はまだ大きな現代的な都市ではなかった。哈爾濱の元々の古い建築物と低層の建物が多かった。当時、町で最もにぎやかな場所の秋林社そばにはロシアが建てた多くの古い建物があり、見た目はきれいだったが中で生活している人々の生活の日用品は少なく、住居の家具は簡単で、少しの家電用品しかなかった。当時電話を設置するのは非常に高価で、電話のある家は少なかった。私は先生をしている多くの友人がいたが、家には電話がなく、急用があると私の家に来て電話を借りたものだ。

 私は当時、黒竜江大学の外国人教師住宅に住んでいた。外国人教師に提供される部屋は割とよかったので、私はよく中国の友人をお客に招いた。しかし私が理解できなかったのは、私の様々な業種にわたる友人が私を彼らの自宅に招くことは非常に少なく、もし私を招くとしてもレストランで、回数も非常に少なかった。何故家に招かれないのだろうと不思議に思ったが、後に当時中国人の住む部屋は非常に小さく、居住の条件も限られ、体面を重んじる彼らは質素な家に外国の友人を招待するのをきまり悪く思っていたことがわかった。

 18年が過ぎ、私は中国人の生活に天地がひっくり返るほどの変化が起こったのをこの目で見てきた。以前は教授の私の友人一家は家族何人もが30数平方メートルの部屋に長年住んできたが、今は既に80数平方メートルの広々として明るい家に引越し、江北地区にももう1つ部屋を持ち、週末に訪れて滞在している。彼らは豊かで幸せな日々を過ごしている。現在では私の友人は喜んで彼らの家に私を招待してくれる。彼らの部屋は非常にきれいに内装され美しい。それだけでなく、私の多くの友人の子供も成長して結婚している。子供たちの結婚式に参加して知ったのだが、若者たちはみな高層マンションに住み、新しい住居のデザインは快適で個性的、広々として現代的、また豪華だ。

 私が住んでいるところは普通の民家で、来たばかりの頃には駐輪場に自転車が一杯止められていた。今では駐輪場の自転車は姿を消し、みな高級なバイクに変わった。住宅区で車を購入した人も多く、通路には自家用車がたくさん停められ、間を縫って歩いている状態だ。住宅区にはよい車が多いが、当然奇瑞のQQの様なエコノミータイプの車もある。以前は車を運転するといつも渋滞だったが、それは道路が狭いためだった。しかし現在の渋滞は、自家用車が増えたためだと気づいた。

 改革・開放のこの年月、哈爾濱の変化は本当に大きく、一口では語りきれない。唯一変わらないのは哈爾濱人の性格だ。彼らは依然として友好的で暖かく、礼儀正しく親しみやすい。私にとって現在、哈爾濱は私の第2の故郷だ。私の息子はここで育ち、全く普通の哈爾濱人で、今は哈爾濱47中学の3年生だ。私たちはこの街を深く愛している。

 「人民網日本語版」 2008年11月28日
関連記事
印刷版 ホームへ
注目ポイント
[ V ]動画
麻生首相、中央電視台のインタビューに応える 麻生首相、中央電視台のインタビューに応える