2011年10月14日    メールマガジン登録I-mode登録中国語版日本版
人民網日本株式会社事業案内  更新時間:16:24 Oct 14 2011

日本、高度経済成長と文化産業の発展 (2)

 ◆経済発展が文化の繁栄を牽引

 日本の文化産業がこれほど繁栄している理由としては、まず政府が積極的に政策支援を行っていること、そして経済・社会発展の客観的需要があることがあげられる。

 日本は戦後、国民の基本的な物質的生活条件が満たされると、国民の消費はより高いレベルを目指し、精神的欲求を満たそうとするようになった。これに伴い文化産業が繁栄の時代を迎えた。同期間の文化産業の大発展は、実質的には社会が豊かになりゆくプロセスを反映したものである。文化産業の発展は、これらのモデルチェンジの象徴的な出来事だ。

 日本経済の高度成長期は、1950年代の中頃-80年代である。1960年、日本の1人当たりの平均収入は26万円だったが、1980年には167万円に、1990年には272万円に達した。80年代初頭、日本は分裂中のドイツを追い抜き、世界第二の経済大国となった。

 日本政府総務庁の統計によると、1965年-1990年、日本人の個人の教養や娯楽に用いる費用が急増し、いわゆる「レジャー消費」が年間平均10万円から90万円に増加した。その当時、日本の新聞、出版、テレビ、博物館等の業界が急激な発展を開始した。新聞の発行部数は、1960年の2444万部から、1980年には4639万部に増加した。書籍発行部数は、1965年の16億2000万部から、1980年には43億2000万部まで増加した。1人当たりの書籍購入にかける年間費用は、1965年の1万円弱から、1990年の約5万円まで増加した。また映画・コンサート鑑賞にかける1人当たりの年間費用は、4000円未満から3万円まで増加した。日本の各大手テレビ局も、この時期に現在の規模を形成した。

 新聞メディアや出版業界の発展にやや遅れたのが博物館・美術館である。万博を開催した1970年より、日本の博物館・美術館の数が急増した。80年代後期、日本の資産家が国際市場で各種美術品を買いあさった光景は、今も記憶に新しい。バブル経済による投機的な目的もあったが、日本国内の博物館・美術館数の急増による客観的需要が存在した。

[1] [2] [3] [4]

  評 論      プレスリリース
  中国メディアが見る日本 
  おすすめ特集

地方情報

北京|天津|上海|重慶|吉林|遼寧|河北|山西|山東|河南|江蘇|浙江|安徽|福建|江西|湖北|湖南|広東|広西|海南|四川|貴州|雲南|西蔵|青海|陝西|甘粛|寧夏|新疆|香港|澳門|台湾|黒竜江|内蒙古