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人民元の国際化、日本の受けた教訓が参考に

 中国は世界第2位の経済大国となり、人民元の国際化の進展を力強く支えている。巨大な経済力、活発な外国貿易は、その国の通貨を「国際通貨」に格上げするための基礎である。同じアジアの通貨である円は人民元より先に国際化を開始している。円の国際化における失敗と生じたリスクは、国際化を始めたばかりの人民元にとって、貴重な教訓となる。国際商報が伝えた。

 円は1960年代から半世紀以上に渡り国際化の道を歩んできたが、人民元は現在、主に以下の2点に注意する必要がある。1つ目は為替相場変動、2つ目は正確な国際化方式の選択だ。

 注意一:為替相場の大幅な変動

 中央銀行(中国人民銀行)が2005年に2度目の人民元レート改革を実施するまで、人民元は米ドルのみを対象とする単一的な為替レート連動体系を実施していた。これは1949−1971年の日本と同様だ。この22年間の円相場は、1ドル=360円で常に固定されていたが、戦後の日本が外向型経済により経済力を回復するため都合が良かった。韓国などの「アジア四小竜」(韓国、台湾、香港、シンガポール)もまた、固定相場制と輸出けん引型経済により、1970−80年代に経済力を高めた。しかし経済力の増加に伴い円相場を切り上げる必要が生じたため、円は固定相場制から管理変動相場制に変わり、さらに自由変動相場制に変わった。

 1972−1990年の19年間に渡り、円相場が切り上げられた。円は1973年2月から1985年9月に渡り、1ドル=240−250円に切り上げられた。1985年に「プラザ合意」が締結されると、円が急騰した。1985−1987年の2年半の間に、円相場は1ドル=250円から1ドル=120円と、2倍以上に切り上げられた。これにより日本金融市場のバブルが膨らみ、不動産市場と株式市場の崩壊の原因となった。

 日本政府は、固定相場制から自由変動相場制へと発展する過程において、重大なミスを犯した。世界からの圧力と国内の実情の関係を処理できず、円を大幅に切り上げる決定を下したことで、本国経済の長期的かつ安定的な発展にリスクを残したのだ。

 中国は2005年に管理変動相場制をスタートし、数回の調整を経て、2012年4月に人民元の変動率が1%まで拡大された。その際、人民元が一方的な元高に陥るとする予想が覆され、オフショア人民元の価格が国内市場を一時下回るという状況が生じた。現在の人民元相場は、改革前より国内外の経済情勢の変化を反映できるようになった。人民元レート改革の最終目的は取引の自由化で、より市場化されたレートにより国内経済構造の調整、および産業構造のアップグレードを促す。この目標の達成に向かう発展段階において、人民元レートの大幅な変動に注意が必要だ。これにより国家の金融政策の独立性と有効性が損なわれ、世界のホットマネーが為替サヤ取りに押しかけ、資産価格の正常な変動を乱す恐れがあるからだ。

 この点について、日本の受けた教訓は人民元にとって参考となる。人民元レートの市場化は、胡錦濤国家主席が第2回中米戦略・経済対話の開幕式で述べた通り、自発的・抑制可能・順次進行を原則としなければならない。人民元レート形成メカニズムの改革は安定的に推進される必要があり、外部の圧力により極端な決断を下してはならない。

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