五輪で稼ぐ時代は終わり 日本経済を救うのは困難
日本の東京証券取引所は先週、五輪招致の成功という好材料を受けて大幅に上昇し、円安が進んだ。ある市場関係者によると、2020年に東京で開催されることになった夏季五輪は、日本経済を再び成長の軌道に乗せる可能性があるという。国際金融報が伝えた。(文:王健 復旦大学アジア経済研究センター副センター長、博士)
東京の五輪招致成功をみていると、どうしてもかつての北京五輪招致成功の一瞬を思い出してしまう。当時は多くの人が2008年の北京五輪によって巨大な経済的利益がもたらされると予想した。だが国家審計署(監査部門)が09年6月に発表した09年3月15日までの実際の収支額、それ以後の収入の見込額、決済待ちの支出額などの監査結果によると、北京五輪組織委員会の収入は205億元、支出は193億4300万元で、収入から支出を引くと10億元あまりの黒字にとどまった。12年の英国・ロンドン五輪も高い期待の中で行われたが、結果的には「収益ゼロ」で幕を閉じた。
五輪やサッカーのワールドカップと開催国の経済発展との関係を研究する学術関係者らによると、国際的大型競技大会が開催国の経済に与える活性化作用は相対的に限定的なものであり、競技大会を開催したために深刻な財務上の損失を出した国の例にも事欠かない。冬季五輪を開催した日本・長野、ロシア・ソチやカナダ・モントリオールなどは、「ポスト五輪症候群」に陥り、経済発展が拡大せず、かえって縮小するという情況に見舞われた。日本の安倍晋三首相の政権は20年の東京五輪に疲弊した日本経済を活性化させる望みを託すが、こうした考え方は現実的でないと言わざるを得ない。実際、東京五輪によって「財政の奇跡」を起こすことの難しさを説明する要因はたくさんあり、順調に開催されればそれで御の字だといえるのだ。
第一に、東京五輪の開催時には、五輪をめぐる富の動きが底を打った状態にある。五輪による利益のこれまでの「成績表」をみてみると、収支をプラスにするのに初めて成功したのは1984年の米国・ロサンゼルス五輪で、10億ドル近い利益を上げた。88年の韓国・ソウル五輪、92年のスペイン・バルセロナ五輪、96年の米・アトランタ五輪も黒字を維持した。だが00年のオーストラリア・シドニー五輪と04年のギリシャ・アテネ五輪は巨額の赤字を出し、08年の北京五輪ではやや黒字になったものの、12年のロンドン五輪は10億ポンド(約1576億円)の赤字だった。投資がますます増え、観客はますます減り、最近の五輪は「五輪で稼ぐ時代」は終わったことをはっきりと教えてくれる。