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                                        ――人材紹介会社ESR社長・猿渡旭さん

【第56回】

     中国残留孤児の2世である猿渡さんは、10歳まで中国・遼寧省で暮らした経験を持つ。「中国人の気持ちがわかる」というメリットを活かしつつ、現在北京で人材会社を経営している猿渡さんに、会社立ち上げにいたるまでの経歴や仕事の魅力について、語ってもらった。


     猿渡さんは10歳まで中国にいらっしゃったと聞きました。

    はい。遼寧省に85年まで住んでいました。

     当時の遼寧省の様子を教えてください。

     ええと、アイスが5分(分:中国のお金の単位で、1元の100分の1)だったんです。1元で20本買える。(笑)

    それからお菓子はあまりなかった。ヒマワリの種とピーナツと、たまにポップコーン屋さんがやってきたり。とにかくモノがなかった時期ですね。お金があっても買えないものが多かったです。知り合いに頼んで買ってもらったりして。

     そんな80年代から、90年代、2000年以降と、10年ごとに中国はすごいスピードで発達していると感じますね。

70、80年代のアイス

    その後、10歳以降は日本で過ごされたわけですが、もう一度中国に戻って仕事をしようと思ったきっかけは?

     17歳くらいのときに将来の人生プランを立てて、いつどこで何をやるのかを考えたんですが、そのときに、「30歳になったら中国でビジネスをやろう」と決めたんです。

    それはどうしてですか?

    当時、「自分の人生どうやって生きていこう?」と迷った時期がありました。詩を書くのが好きだったので、詩人になるか、ビジネスマンになるかで迷ったんです。でも最終的に、自分の人生の目標は詩人では到達できないと思った。で、詩人はあきらめたんです。

    で、ビジネスで何ができるかを考えたとき、「自分は中国に対する理解が日本人よりも深いはずだ」と。85年まで中国にいたので、昔の中国も知っている。これからは絶対中国が伸びてくると思いました。もともと言葉ができて文化の理解もある。生きる道はそこしかない。で、「30歳になったら中国に行こう」と。


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