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                                               ――蜂谷誠さん

【第58回】

     中国には『星光大道(スターへの道)』という番組がある。中国国営中央テレビ局(CCTV、日本のNHKに相当)が放送する国民的オーディション番組だ。この番組に出演するために日本からはるばる海を渡って中国にやってきた日本人留学生がいる。

     蜂谷誠(はちや・まこと)さん(22)だ。中国に“やってきた”と言ったが、実際には“帰ってきた”と言ったほうが正確かもしれない。生まれてから10歳までを中国で過ごした蜂谷さんにとって中国はまさしく故郷と言える。

     13億の人口を抱える中国。その国の国民的オーディション番組ともなれば応募数は相当数にのぼる。たとえ外国人やハーフという希少価値があったとしてもそれだけで予選を通過できるほど、なまやさしいものではない。個性溢れる特技と番組にかける熱い思いを備えていなければならない。今回は蜂谷さんにオーディションの舞台裏や出演までのいきさつ、そして夢にかける思いを語ってもらった。






     ■番組出演の舞台裏

    この番組に出場しようと思ったいきさつは?

     家のテレビは中国の衛星放送が見られるようになっていたので、日本でもずっと中国の番組を見ていたんです。それで中国で近年、オーディション番組がいくつもあるのを見て、日本よりもチャンスが多いと感じました。だから自分も中国に行ってチャレンジしてみたい、とそういった思いで留学と合わせて中国にやってきました。

     申し込みまでの経緯を教えてもらえますか?

     インターネットで『星光大道』一般予選の日時と場所を調べて、インターネットで申し込みました。すると電話がかかってきて面接に来るよう言われました。一般予選なので中国全国から外国人を含む大勢の人が集まります。これだけ大規模なものは初めてなので、緊張もありましたが、勇気を持って参加しました。

    そして予選を順調に通過したわけですね?

     いや、それがすごく大変だったんです。担当者からは7日間以内に連絡なければ不合格と思ってくださいと言われていたので、それから7日間は気が気ではありませんでした。でも、運命の7日目がやってきても電話がかかってこなくて、8日目も連絡なし。もうだめだなってあきらめていました。それで広州でも歌唱コンテスト(『2010歌声迎亜運 音楽無国界歌手大会』)があることを知って応募しました。すると運よく順調に勝ち進んで。

     ところが準々決勝の時、CCTVのプロデューサーから電話がかかってきて。なんと番組に出演してほしいいって言うんです。面接からすでに1カ月も過ぎていたので完全にあきらめていました。それだけに、もうすごくうれしくて。それで急いで北京に飛んで、プロデューサーと面接しました。

    ただ問題だったのが、その日はすでに本番の4日前で、十分に準備をする時間はありません。この番組は全部で4ステージまであるので、4日間で4ステージ分の準備をしなきゃならないわけです。僕のパフォーマンスは歌がメインなので、ほかにできるものがあるかどうかって考えた時に、4日間では何も準備できない、どうしようどうしようってなって。それを見たプロデューサーからは「4日間で厳しいならまたの機会に」という提案もありました。でも中国は大きいし人材も多いので、今度といわれたら多分もうないだろうと思って。せっかく回ってきたチャンスなので、「他人の4日間は僕の8日と一緒です」「寝なくても準備してのぞむのでチャンスをください」とプロデューサーにお願いしました。すると、やる気が伝わったようで、プロデューサーも「分かりました。体を壊さないように、がんばってください」と言ってくれました。

    本番の出し物について教えてもらえますか?

     僕は第3ステージまで進出しました。披露したのは、1ステージは孫南の『風往北吹(北に吹く風)』。2ステージは「評書」(日本の講談にあたる大衆演芸)。中国人ならみんな知っている単田芳の「評書」を少し披露しました。

    「評書」はそれまでも趣味でやられていたんですか?

     本当に興味としてかじったことがあるだけです。本格的に勉強したことはありませんでした。その場で真似してみたら声が意外と似ていたので、これに決めました。でも、これが一番大変でした。歌の場合はお腹で歌うってよく言いますが、単田芳の声はすごく独特でお腹じゃなくてのどを使うので、練習しているとのどが疲れる。4日間練習しているとのどがかれて、すごく痛くてなって本当に大変でした。友達が薬を買ってくれて、それを飲みながら練習を続けました。食事の時間と寝る時間以外はほとんど練習しました。

    その後広州のオーディションは棄権したんですか?

     練習を終えた後すぐまた広州に戻りました。なので、この4日間は広州の方と北京の方と二つの準備をしていたわけです。だからプロデューサーから最初「がんばるのはいいことだけど、一人の人間が同時に二つの事を為すのは難しい」と言われました。どちらかを選ばなきゃいけないと。僕はその時、勢いもあって「いや両方とも放棄したくないので両方やります」と言って自分の姿勢を貫き通しました。4日という時間の限られた中で本当に大変でした。でも最終的にどちらもそれなりに満足のいく結果は残せたと思います。努力した甲斐がありました。








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网友    こんにちは!明新館高校佐藤祐子です。山形新聞も読みました。素晴らしい御活躍大変うれしく思いました。本当に誇りに思います。これからも、夢に向かって大きく羽ばたいてください。生歌もネットで聞きましたよ。とても素敵でした。健康に気をつけて頑張ってね!お会いする日を楽しみにしていま~す。
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