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【第3回】
今回は人形劇団の団員として中国公演に参加したことがきっかけで小さな劇団を飛び出し、はるばる中国に来てしまったという畠沢さんをインタビュー。アジアを視野に舞台芸術を学ぶ足がかりとして中国を代表する演劇大学、中央戯劇学院に入学。中国の舞台芸術の世界でさまざまなカルチャーショックを受けながらも、「芝居づくりは楽しい」という畠沢さんに舞台の魅力を紹介してもらった。
大学時代に偶然見たむすび座の「西遊記−天竺へ行く」に衝撃を受けたこと・・・かな。その芝居を見た時の衝撃は今も鮮明に覚えています。
舞台にはただ4本の柱だけがあって、出だしの音楽と共に役者がロープで電車ごっこをしながらあらわれ、次々といろいろな物を表現していくんです。初めてみる、斬新な舞台でした。深い哲学性の中にも、子供が見ても楽しめるわかりやすさがありました。なによりも、ただ「すごい!!」と思っただけではなく、「自分もこの芝居に参加したい!」「この演出家の演出を受けてみたい!」という気持ちにかられ、大学卒業後、その劇団の入団試験を受けて入ってしまったんです。
その演出家の一つの夢が中国公演だったんです。戦中を生き抜いてこられた先生は、「日本は中国に対してすまないことをした」という思いがあり、「いつか中国の物語を中国の言葉で中国の観客の皆さんにみていただきたい!」というのが長年の夢だったようです。その夢に乗っけて行ってもらって私も中国公演に参加しました。
いいえ。中国公演ではチワン族の民話を題材にした人形劇を公開したんですが、公演前に劇団のメンバーの中から自然と中国に視察に行こうという声があがったんです。それで1996年にチワン族が住む、広西チワン族自治区南寧市を訪れました。当時、まるで倉庫のような空港に降り立ってみんなびっくり・・・(笑)それから船に乗ってチワン族の暮らす山奥に向かいました。そこで地元の人形劇団と交流しました。
その国の言葉で芝居のセリフを言おう、ということになって公演や稽古の後に中国語のレッスンを受け、のどをカラカラにしながら必死で中国語のセリフを覚えました。それでも本番当日は本当にお客さんに通じるのか不安で、その分感情が込もり、「日本語より感動した」という感想をいただきました。中国語を学ぶ中で、「言葉は文化を尊敬する心が大切」という指導をいただき、それがとても印象に残っています。あと、中国語は腹から声を出すので、中国語の練習をしたおかげで、日本公演でもセリフの声が変わったという反響がありました。
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| 畠沢さんの本棚(畠沢さん撮影) |
中国公演で多くの中国人の芸術家と出会いました。その人たちの技術もさることながら、舞台芸術にかける情熱に感動し、中国文化を勉強したいと思うようになりました。
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