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【第28回】
日本で当社の製品を待ってらっしゃるお客様への納品期限を守るため、また、我々の為に頑張ってくれている農民の方達、そして社員やその家族。それらを放り出して逃げる事は到底出来ませんでした。大変なときこそ先頭に立って指揮をする。リーダーとはそういうものだと思います。
阪神・淡路大震災は長い横揺れが続いた後、大きな縦揺れがドンと来た印象ですが、四川大地震はいきなり大きな横揺れが来て長く続いたように思います。起こった時間(阪神・淡路:午前5時46分、四川:午後2時28分)の違いも、その被害に大きな差を生んだように思います。
たいした事は出来ませんでしたが、被災地で一番不足していた、水と米を持って被災地に乗り込みました。
崩れた道の上を走り、被災地に着いて、物資を配った際に、大変感謝された事は、人として大変感動しました。
神戸の震災の時に感じた人の優しさを少しですがお返しできたような気がしました。
一緒に仕事している農民の被災も多く、仕事を通じて復興への協力を惜しまない決意をしました。
かねてより仕事で産地を行き来する中で、貧しい農村、山岳地などに赴き、厳しい条件で勉強している子供を見ていて心を痛めており、何か役に立てられればと思っていたんです。
| 浜一希望小学校の生徒さんと一緒 |
登校するのに山道を片道2~3時間も掛けて歩いて通っていたり、校舎らしい校舎もなく先生が一人しかいなく教科書も足りず充分な教育を受けられない、電気が通ってなく暗がりで学ぶ子供たちのことを見聞きしていました。
そこで、ある機会に政府関係者に話したところ、資金不足で校舎の再建ができない学校があるとの話を聞き、寄付する事で、浜一希望小学校が出来ました。浜一小学校となった学校は、雨漏りしていて教室が使えない。冬はすきま風で寒くて勉強にならない。床が腐ってしまっていて、脚を取られかねないという状態でした。
浜一希望小学校の名前については日本と中国の友好のしるしという事で中国側からどうしても友好のシンボルとして永久に学校の名前として残したいと話がありました。先日はピアノを寄付し、音大生とピアノの上手な小学生の生演奏会を開きました。この学校を卒業した子供が日中友好の架け橋になると嬉しいです。
日本人の私が名誉校長になっており、文房具や運動具などをプレゼントしています。子供達がお礼の手紙をくれたりしています。日本人の寄付した学校で勉強した事で彼らの心に「日中友好」が育まれるといいですね。今後、日本の子供達との交流も出来るといいですね。
何をおいても悠久の歴史です。ロマンを感じます。
最近は周の時代に興味があります。学生の頃には黄河文明が中国唯一と習ったのに、四川省で三星堆や金沙遺跡が発見され、長江上流にも高度な文明が有った事が分かったのです。世界史を変える大発見です。これぞ歴史の醍醐味ですね。
残る人生、中国で安心安全な食品を作り、日中友好に貢献したいです。個人的には、今まで行けなかった古跡旧跡をのんびりまわってみたいですね。
食の安全への取り組みや日中友好を声高に叫ぶ人は多いが、実際に行動に移す人はほとんどいないのが現状だ。しかし、浜本さんは積極的な行動でそれら実現すべく努力されてきた。食の安全であれ、日中友好であれ、一人一人の努力がその根底を支えているのだ。浜本さんの人間に対する愛情と、暖かい人柄が伝わってくるインタビューだった。(人民網日本語版記者 八嶋)


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