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【第39回】
先ほど言ったように、宮廷では当時、「今のボタン」が観賞用に育てられていた。宮廷で栽培されていたのは変異を起こした珍品だったことでしょう。ただ宮廷のなかではそれはまだ「牡丹」とは呼ばれていなかったはずです。
クーデターによって、宮人たちはほとんどみんな逃げてしまった。平民たちが残るわけですね。その時に、宮廷の庭園や高級官僚の屋敷で育てられていたボタンの花が、外に出るチャンスが生まれたんじゃないかと考えているんです。宮廷でそういう花、つまり庶民にとっての「牡丹」がめでられていたということは、こうして知られるようになった。その後、長安の平民は春になると、こぞって花見に出かけ、そのためにボタンを専門に栽培する農家や、入園料を徴収してボタンを見せる商売も現れました。また、富豪たちは想像を絶するような価格で珍品の牡丹を買い求め、オランダのチューリップ・バブルを彷彿とさせるような大流行になりました。
これもさまざまな説や解釈があるのですが、史料が極めて乏しく、はっきりとは言えません。ただ、私は次のような仮説を考えています。この盛唐期は、「太常楽胡曲を尚ぶ、貴人の御饌、尽く胡食を供す。士女皆竟ひて胡服を衣(き)る」(『旧唐書』)といい表されたほど外来文化を受けいれた時期でした。ですから、この時期の中国文化を理解するためには、ペルシャ(ササン朝やアッバース朝)のなどの西域文化を無視できません。
ペルシャでは古くから庭園文化が発達していました。現代のペルシャ語で「花」は「gul」といいますが、これは同時にバラだけをも意味します。ペルシャではそれだけバラが重視されていたのですが、実際に当地で栽培されていたバラは、ガリカ系やダマクス系のものでした。この種類には、桃色の花弁が大きく開き、中のおしべの黄色がはっきり見える点など、野生のボタンの花と似た特徴があります。となれば、キクやウメなど伝統的な花卉ではなく、当時の異国趣味と調和できる風格をもったボタンが、この時期に新しい観賞植物として登場してきた可能性もあると思います。
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ガリカ系を含むバラ(北京植物園にて撮影) |
盛唐期の話については、歴史的に確固たる証拠は今のところありませんので、これはあくまでも仮説でしかありません。ただ私としては、現存する史料から歴史を描きだそうとすれば、このように考えるのが一番自然だろうと思っています。少なくても私の研究で、南朝(六朝)期の牡丹は現在の牡丹ではなかった事を論証できましたが、北朝や漢代以前はどうであったかは、史料が乏しいため何ともいえません。しかし、仮に北朝や漢代で今のボタンを牡丹として認識されていたとすれば、文学作品に芍薬が出てくるのに牡丹が現れない事や、初唐期の宮廷医がヤブコウジを本物の牡丹とした理由が説明できません。
牡丹は常用されている生薬です。「六味地黄丸」「加味逍遥丸」「大黄牡丹湯」など今やどこの薬局にも常備している漢方方剤にボタンの根は配合されています。これらの方剤は唐代以前に既に原型が存在していたので、本来はヤブコウジの根を配合していた可能性があります。一方、ヤブコウジは現在、ほとんど使われていません。ですから、ヤブコウジにどんな効果が隠されているかということもほとんど研究されていないんです。
私の研究で提案できることは、現在、伝統医学で使われている牡丹は、実は、昔の医者が使っていた牡丹ではなかった可能性があるということです。もしそれをヤブコウジと入れ替えてみたら、あるいは別の薬効が見つかるかもしれない。既存の方剤をむやみに掻き乱すことがないよう、古代の人たちがどんな植物を生薬として使っていたということを慎重に調べていきたいと思っています。
名物学の分野ではこれまでも、有名な学者たちがすぐれた成果を出してきました。ですが現在では、植物分類学の研究者による分布、形態、生態などの豊富な記録があります。これらの記録と、古い文献の記載を照合することで、文献に出てくる植物名が今の植物と合致しているかどうかを調べることができます。さらに古典籍の電子データベースを使えば、ある単語がどの文献に出てくるのかを瞬時に知ることができます。昔の人が見切れなかった量の資料を簡単に調べられるようになりました。また最初に少し触れた狩谷エキ斎など、江戸時代の名物学の業績ももっと生かさかなければなりません。これにより、名物学的な問題を以前よりも正確に判断することができますので、この分野でさらなる成果を積み重ねていきたいと思っています。また最後に、この場を借りて、わたくしの研究を支援してくださっている先生方や友人に感謝を申し上げたいと思います。
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久保輝幸(くぼ・てるゆき)プロフィール
現在、中国科学院自然科学史研究所博士課程に在籍中。大阪府立大学にて植物分類学を専攻し、茨城大学大学院で本草学、訓詁学を学ぶ。専門は中国科学史、医学史。宋代以前の文献に現れる様々な植物を、医薬、シンボリズムおよび園芸文化から包括的に研究している。博士論文執筆のため現在、宋代の植物譜録(牡丹など鑑賞植物の専門書)を研究している。北京日本人学術交流会(山口直樹氏主催)会員。
※動植物名の時代による違いや日中における違いを知るには、「『動物漢字語源辞典』、『植物漢字語源辞典』、『魚偏漢字の話』など加納善光名誉教授の著作がお勧め」(久保さん)。興味を持たれた方は探してみてはいかが。(人民網日本語版記者 増田)