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現在位置:人民網日本語版>>日本からニーハオ!>>検索エンジン「百度」の日本代表取締役 陳海騰さん
(5)「中文導報」の社長 楊文凱さん
電話をするたび、楊文凱さんは受話器の向こうでいつも忙しく働いているように感じた。早口で話し、慌ただしく動きまわる。それが彼に対する第一印象だった。このような感じは、テンポの速い日本社会と、競争の激しい中国語メディア業界に、とてもマッチしていると感じた。
(4)理性と感性の両立 銭祝慧さん
外国人、しかも女性が日本企業の管理職となるのはとても難しいことだろう。女性弁護士、というと、頭の中に自然と「典型的」なキャリアウーマンのイメージが浮かぶ。
(3)全日空との出会いは「縁」 朱金諾さん
朱金諾さんがANAに入社してから瞬く間に10年あまりが過ぎた。この10年あまり、朱さんはその職務能力と顔の広さを生かし、全日空中国線のマーケティングおよび中国事務の調整・管理において、大きな役割を果たしてきた。
(2)赤坂の中華料理店の女店長 何美嬌さん
父が開業した中華料理店の若い女店長として頑張っている何さん。中国から来日した当時は中国語がぺらぺらだったが、今は日本語から日本の礼儀作法まで、全く日本人と変わりなくなり、むしろ中国人店員と中国語で交流するのに困るほどだ。
(1)笹川平和財団での忙しく、楽しい日々 于展さん
夢が叶う、というのはとても幸運なことだ。于展さんも自らの事業を信じて夢を叶えた一人だ。于さんは笹川基金での20年あまりの間、日中の架け橋となるために努力してきた。
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【第6回】

    陳海騰略歴:1988年に厦門(アモイ)理工大学日本語学科を卒業。中国国際旅行社日本部に勤めた後、1992年に日本へ留学。神戸大学で経済学修士号を取得する。その後、NTT西日本法人営業本部、インデックス中国アモイ支社のCOO、インデックス中国エリア首席代表、デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム北京現地法人COOなどを経て、2006年12月、サーチエンジン「Baidu」(バイドゥ)の日本駐在首席代表に就任した。

    陳海騰さんは、自分への挑戦が好きな人だ。陳さんは大学卒業後、中国国際旅行社でガイドとなる。ガイドの経験は、接客サービスおよび、突発的状況への対応能力を鍛えるのに役立った。陳さんはその後、順調に部門の指導者に昇進する。しかし、まさに事業が順風満帆というときに、陳さんは公職を辞め、日本に留学するという驚くべき決定をする。

    留学生活はとても厳しいものだった。しかしこの苦しみは、粘り強くがんばるという信念をさらに強固なものにした。95年1月、陳さんは面接試験トップの成績で神戸大学経済学専攻へ入学、大学院生として勉強を始める。ここから、陳さんの日本でのサクセス・ストーリーが始まった。

    ――バイドゥで働くようになったいきさつは?

    まずバイドゥについてお話しすると、バイドゥは、中国のサーチエンジン市場において最大手と言えます。バイドゥは国際化が進んでおり、海外進出した中国企業のなかでも、一定の優位を持っています。競争力を単に安価な労働力に頼る、というこれまでの中国企業と違い、バイドゥはハイテクで国際市場に乗り込むことができた。これは中国人の誇りでもあります。一方、日本は世界第2位の経済体であり、インターネットの浸透率も高い。インターネット人口は70%にのぼり、サーチエンジン市場も中国の3-5倍と十分に大きく、バイドゥの発展の余地も大きかったんです。

    2006年、バイドゥが日本市場進出に向けてチームを結成することになり、バイドゥの李彦宏CEOは、日本で高等教育を受けたことがあり、日本で最も大きい、正規の会社で仕事をしたことがあり、さらに創設したばかりの会社で、新市場開拓の成功経験がある人を、日本の代表取締役に招聘したいと考えていました。

    私はかつて、日本最大の電話会社NTTで働いたことがありました。それから創業期のインデックスに入社し、台湾、上海、マカオ、韓国の新業務開拓を担当したこともあった。現在この会社は、日本最大のモバイルコンテンツ製作会社となりました。これは新市場開拓の成功経験と言えるでしょう。また、私は多国籍企業の海外首席代表を担当した経験もあり、ちょうどバイドゥの要求を満たしていたんです。

    しかも私には、中国の会社を代表して、日本で奇跡を起こしたい、また新興分野で世界一流の企業に挑戦し、業界をリードしていきたいという夢がずっとあった。バイドゥは私に夢をかなえる希望を与えてくれた。それでバイドゥに来ることを選んだんです。

    ――日本進出にあたって、困難をどのように克服しましたか?

    まず知名度の面ですね。バイドゥは中国で知らない人はいませんが、日本での知名度は低く、ほとんど0からのスタートでした。局面を早く打開するために、私達は大手IT企業と提携し、様々なチャンスを利用してバイドゥの宣伝をしました。さらに元ソニー会長兼CEOの出井伸之氏を社外取締役として招きました。出井氏は日本企業界で大きな影響力を持つ方で、これもバイドゥの日本での知名度アップに大きなプラス効果を生み出しました。創業当初というのは、十分な心の準備が必要です。バイドゥの実力を心から信じると同時に、異国で創業している、ということをよく理解し、低姿勢で、誠実・実務的であり続ける。このような態度でバイドゥの価値や実力を詳しく紹介し、協力者の心を動かしました。

    バイドゥが日本で基地を作る際、日本でバイドゥの実力とイメージを広めるため、六本木ヒルズ(中国の国貿に相当)にオフィスを置きました(東京で六本木ヒルズにオフィスを置けるのは大企業のみ)。六本木へのオフィス設置の意義は大きかった。これは何も言わなくてもブランド力になるのです。名刺に書かれた住所を見るだけで、信頼のまなざしを向けられる。商談もずいぶん楽になりました。

    バイドゥの日本進出において、もう一つの主要任務は人材集めでした。当時、バイドゥの日本での知名度は低く、よい人材を集めるのが難しかった。それでも、私たちは応募者に対して少しも要求を下げませんでした。まさに「選り抜き」といえるでしょう。バイドゥの日本でのスタッフ募集の基準は2つあります。1つは徹底的な現地化(インターネットもしくは関連業界を理解した日本人)、もう1つは、バイドゥ本部と同じで、「たとえ人数は少なくとも、優秀な中からさらに優秀な人を選ぶ」ということです。

陳海騰さん


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网友    尊敬しています。お話したいです。詳しく中国の百度でインターネット販売がしたいのですが?・・・Email;akiba09@gmail.com name@ryoichi machida (町田良一)
japanese[网友]    彼はわれわれ在日のミン南人のほこりである。
japanese[网友]    ?南人的偶像
japanese[网友]    素晴らしいです。。。
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