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現在位置:人民網日本語版>>日本からニーハオ!>>東洋美術学校中国水墨画科の関乃平主任教授
(19)日本中華総商会の厳浩会長
海外留学する中国の学生が増加するにつれ、卒業後に現地で創業する人もますます増えている。華人の伝統的な職業はかつて、「包丁、はさみ、散髪バサミ」を使った職業だったが、現在、海外のビジネス界で活躍する華人は社会の各分野にまで触覚を伸ばしている。
(18)株式会社アルバックスの代表取締役 呂娟さん
優雅でおしゃれな呂娟さんを見た瞬間、上述の様々な肩書きがイメージと一致しにくかった。呂娟さんには、想像していた女傑のような迫力はなく、明るく自信にあふれ、頭が良く、てきぱきしている。もしかしたら、男社会の国で在日華人企業家として成功できたのは、この頭のよさゆえなのかもしれない...
(17) 地位は低くとも憂国を忘れず 李光哲さん
「李光哲」、日本で留学する中国人の中で、この名を知らない人はほとんどいないだろう。同氏は、日本最大の中国人団体「全日本中国留学人員友好聯宜会(全日本中国留学生学友会)」で、最も長い期間会長を務め、在日中国人留学生が中国のために貢献できるようサポートしたり...
(16)ソフトブレーン株式会社創業者 宋文洲さん
「日本でとても有名で、話が面白い中国人だよ」という日本の友人の紹介で、宋文洲さんにインタビューする機会を得た。日本で20年以上過ごして来たと聞き、とても日本的な中国商人を想像していたが、まったくその反対だった...
幼稚園から始まる「心の教育」 宮下敏子さん
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【第20回】

    関乃平略歴:満州族。1945年9月、北京で代々続く芸術家の家庭に生まれる。父親の関広志氏は中国水彩画の大家。幼少から美術の才能を発揮し、中央美術学院付属中学では優等生だった。中国画・西洋画ともに得意としている。

    1983年に日本を訪問、有名画家の加山又造、塩出英雄などに師事する。1987年より東洋美術学校中国水墨画科主任教授に就任、中日のハイレベル美術交流に携わっている。中央美術学院(北京)客員教授、中国美術学院(杭州)客員教授、中国美術協会中国画芸委員会駐日代表、日本華僑華人文学芸術家連合会会長、国際水墨画交流協会会長、中国僑連海外顧問などを兼任。これまでに日本、米国などで20回の個展を開催したほか、画集3冊、専門書8冊を出版し、10冊以上の書籍の編集を担当した。国際的に影響を持つ美術教育家兼学者型画家といえる。

    絵を見れば、その人柄がわかる。関先生の作品は、あいまいでぼんやりとしたタッチの中に、上品さを備えている。先生の筆にかかると、初冬の軽井沢、秋のドイツの城もまるで音のない詩のように見える。大自然の変化と、内在する格調高さを表現したその絵からは、中国水墨画の奥深さを感じることができる。日本で長年過ごす中で、彼は教育に携わり、中日文化交流の架け橋となった。また、作品制作に専念し、自らの作品で多くの日本人の心を動かしてきた。

    ――来日のきっかけは?

    1983年の春、私はそのころすでに国内の青年芸術家の中では頭角を現し、自分の場所を確立していましたが、30歳を過ぎたこともあって、新しい芸術の地に行ってみようと思ったのです。東西の文化が集まる日本を目的地に、人生を再出発しようと決心しました。早稲田大学にいた知り合いの助けもあり、83年末、故郷に別れを告げて日本に渡りました。海外進出組としては若くはなかったです。

    日本ではさまざまな絵画分野に触れるよう努力し、伝統と国外文化を融合しようと試みました。また、故郷を懐かしく思うのと同時に使命感が生まれ、中日の美術教育交流を促進する使者となろうと決心しました。

    文化部と大使館文化処のサポートにより、私は東洋美術学校と、中央美術学院付属中学、中央美術学院の友好関係を築き上げるために助力し、教師・学生の相互訪問、研修、絵画展の共同開催、画集出版などの交流活動を展開しました。

    中国画を海外で広めると同時に、日本文化に大きな影響を与えた中国芸術について理解し学びたいと願う日本の青年たちに応えるため、私と、中国を愛する東洋美術学校の中込三郎校長とともに中国水墨画科を立ち上げました。

    1988年、日本文部省の認可を経て、海外では初となる中国画の専門学科が誕生しました。私は幸運にも同科の主任教授に任命されました。中国美術協会の靳尚誼・名誉主席は「このことは、今後の交流のために種をまくこととなるだろう。若苗をしっかりと育成すれば、中日文化の長い発展にとって計り知れない意義を持つ」と述べています。

    ――-中国水墨画の学生の様子を教えてください。

    水墨画学科が開設して21年経ち、数百人の学生が卒業しました。日本人学生が主ですが、米国、韓国、スイスなどの学生もいました。うち三分の一は東京大学、早稲田大学、慶応大学、学習院大学、多摩美術大学、武蔵野美術大学など有名大学の卒業生です。私と中央美術学院の教授が直接教えるので、ここで2年学んだ後は直接中央美術学院の3年生に編入することができ、4年学べば中央美術学院の院生を受験することができます。卒業生の多くは現在も中央美術学院で修士・博士課程を学んでおり、中には学業を終えて日本に帰った人もいます。彼らは中国画、中国文化への感情がとても深く、レベルも高いです。日本の学生の特徴はとてもまじめで、先生の指導をとても尊重するところです。彼らは進歩がとても速く、高い評価を受け、卒業後は日本社会で活躍しています。

    ――海外に滞在する芸術家として、近年、中国芸術界の最大の変化は何だと思いますか?

    祖国は大きく変化しました。国内の芸術創作の内容・形式も大きく変わり、ますます世界の注目を集めています。しかし、最大の変化は国が芸術家にとてもゆったりとした、十分な表現ができるような芸術環境を提供したことだと思います。国家画院のほかにも、省・市級画院があり、芸術家の制作環境はとてもいいです。中国人画家は、社会的地位や待遇においても世界でまたとないほど良いです。現在、中国の芸術家の発表のチャンスはとても多く、芸術品市場もとても大きく、成功するかどうかは自分の努力次第です。一方日本では、画家の生存するためのプレッシャーは大きく、絵を描くだけで生活できる人は100人に満たないです。

夫人と娘と一緒に絵画展に出席する関乃平さん


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网友    関乃平先生は大変素晴らしい方です。大昔からの親友で、芸術に対する真剣さ・知識のの豊富さ・人間に対する優しさを彼の顔から現わしています。Hanrong
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