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(22)日本華僑華人連合総会の符易亨会長
符会長は中日国交正常化の証人であり、中日関係における多くの起伏を経験してきた。半世紀以上の間に、社会には多くの変化があり、人生には多くの苦労があった。日本で生まれ、日本で育った符会長は、少し広東なまりの中国語でインタビューに答えてくれた...
(21)在日中国企業協会の趙方林会長
中国経済が急激な発展を見せる今日、多くの中国企業が海外進出をはじめている。中には、日本で様々な試練を経験しながらも生き残り、急速な発展を成し遂げた企業もある。これらの企業が急速に発展できたのは、自身の奮闘のほかに、在日中国企業協会のサポートがあったからだ。今回、在日中国企業協会の趙方林会長にインタビューする機会を得た...
(20)東洋美術学校中国水墨画科の関乃平主任教授
絵を見れば、その人柄がわかる。関先生の作品は、あいまいでぼんやりとしたタッチの中に、上品さを備えている。先生の筆にかかると、初冬の軽井沢、秋のドイツの城もまるで音のない詩のように見える。大自然の変化と、内在する格調高さを表現したその絵からは、中国水墨画の奥深さを感じることができる...
(19)日本中華総商会の厳浩会長
海外留学する中国の学生が増加するにつれ、卒業後に現地で創業する人もますます増えている。華人の伝統的な職業はかつて、「包丁、はさみ、散髪バサミ」を使った職業だったが、現在、海外のビジネス界で活躍する華人は社会の各分野にまで触覚を伸ばしている。
(18)株式会社アルバックスの代表取締役 呂娟さん
優雅でおしゃれな呂娟さんを見た瞬間、上述の様々な肩書きがイメージと一致しにくかった。呂娟さんには、想像していた女傑のような迫力はなく、明るく自信にあふれ、頭が良く、てきぱきしている。もしかしたら、男社会の国で在日華人企業家として成功できたのは、この頭のよさゆえなのかもしれない...
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【第23回】

    馮学敏略歴:在日中国人カメラマン。1985年に日本にわたり、撮影技術の造詣を深める。1999年、第36回太陽賞を受賞、日本で多くの個展を開催。2000年、中国文化部から「世界華人傑出芸術家」の称号を授与される。

    馮学敏氏の作品は、面白いと同時に、人に何かを感じさせるものがあり、写真の前でつい足を止めて見入ってしまう。同じ風景、物事でも、馮氏のカメラにかかると一味違う意味合いが表れる。馮氏は作品にストーリーを語らせ、人々に中国文化を愛してもらいたいと語る。

    ――来日のきっかけを教えてください。

    私は1985年に中国新聞出版協会が派遣した公費大学院生の第一陣として日本に来ました。その後、日本最大の出版社である講談社で研修しました。講談社はかねてから中国と良い関係にあり、中国のニュース報道・出版界との交流強化のため、中国新聞出版協会と10年間の協力プロジェクトを展開したこともあります。

    私は中国から派遣された、初めてかつ唯一の撮影を専門とする大学院生でした。当時の研修内容は主に広告の撮影でした。月曜日から金曜日まで研修し、週末は自分で創作しました。週末に撮った写真を当時の部長に渡すと、とても興味を持ってもらえて、部内の人を呼んで見せ、「これが中国人カメラマンの目に映る日本だ」と言ってもらいました。部長はその後、毎週金曜日になると、撮影の練習のため、フィルム20巻を渡してくれたんです。

    研修後、私は写真展を開きました。私にとって初めての作品展でした。作品は主に日本の都市風景、風土、人々の様子で、反響は大きかったです。

    私は日本での研修で視野が開けたと感じ、研修期間中に日本で引き続き学びたいと思いました。そこで帰国後すぐにまた日本に戻り、日本大学の芸術学部で正式に学びました。

    ――日本文化が作品創作に与えた影響はありますか?

    いくつかの影響がありました。日本文化は細かい点を重んじます。民族文化は地理文化によって決定されます。島国の生活空間は小さいため、日本人は細かい物を作るのがとても上手で、きめ細かく、精巧です。花の撮影や細かい物の撮影のときは、日本文化の影響を受けました。

    ――「中国文化」をテーマとした作品展は大成功をおさめました。テーマ選びのいきさつを教えていただけますか?

    「紹興酒の故郷」をテーマとする撮影展がありました。魯迅、周恩来を尊敬する日本人は多いですが、彼らの故郷は紹興です。紹興は橋の故郷であり、酒の故郷であり、水の故郷です。また、私の母も紹興人で、私の心にも紹興への思いがありました。

    この展覧の後、今度は日本人の心を打つ「陶磁器」をテーマにした作品を撮るよう提案されました。日本はどの家にも陶磁器があり、陶磁器はその家の文化的素養を示します。日本の陶磁器・有田焼は長くて400年の歴史ですが、中国の景徳鎮は約2000年の歴史があり、当時世界の陶磁器技術の最高レベルを代表するものです。中国の陶磁器技術が朝鮮半島を通じて日本に伝わり有田焼が生まれたのです。

    中国を理解するため、私は日本の陶磁器を4年間撮影し、その後景徳鎮を撮影し、全部で6年かかりました。酒の文化にしろ、磁器の文化にしろ、中国は日本の師と言えます。

    その後の私のテーマ展、例えば「菜の花の故郷-貴州」「プーアル茶の故郷-雲南」などは全て、海外の方に写真の裏側にあるストーリーを愛してもらい、中国文化を愛してもらいたくて開催したものです。

馮学敏氏


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