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現在位置:人民網日本語版>>日本からニーハオ!
(26)小尾羊日本株式会社の王明琳社長
海外において、中国人がいる場所には必ず中華料理屋がある。グルメはすでに、中国の代表的なイメージの一つとなった。飲食業は、中国人が海外で生計を立て、事業を発展させていく上で、一番初めに手を付ける分野のひとつだ。ここ数年、国外で起業し、成長した中国人飲食企業だけでなく...
(25)日本で環境保護を実践する実習生 キョウ健さん
成都出身のキョウ健さんは、米国留学を経て、現在は東京で6カ月にわたり実習を行っている。彼はこのインタビュー企画「北京からニイハオ」に登場していただいた方のうち最も若く、日本での滞在期間も最も短い一人だ。キョウさんの日本訪問は今回が3回目となる。
(24)元カンフー世界チャンピオン 陳静さん
陳静さんを一目見て、武術と関連付ける人はまずいないだろう。美しい容貌とやさしい声を持つ陳さんはなんと、世界武術選手権大会の元チャンピオンなのだ。来日11年の彼女は、家族の世話をする傍ら、カンフーを伝授するため教室を開いている。
(23)在日中国人カメラマン馮学敏氏
馮学敏氏の作品は、面白いと同時に、人に何かを感じさせるものがあり、写真の前でつい足を止めて見入ってしまう。同じ風景、物事でも、馮氏のカメラにかかると一味違う意味合いが表れる。馮氏は作品にストーリーを語らせ、人々に中国文化を愛してもらいたいと語る。
(22)日本華僑華人連合総会の符易亨会長
符会長は中日国交正常化の証人であり、中日関係における多くの起伏を経験してきた。半世紀以上の間に、社会には多くの変化があり、人生には多くの苦労があった。日本で生まれ、日本で育った符会長は、少し広東なまりの中国語でインタビューに答えてくれた...
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【第27回】

    馮小剛監督の映画「非誠勿擾」は、北海道の美し い自然風景と、誠実でやさしい北海道の人々が印象に残る映画だ。映画に登場する役の一人、「北海道在 住」の「ウーサン」は、物語において大切な役割をもつ役柄だ。最後にウーサンが涙を流すシー ンは、感動的で、いろいろなことを考えさせるシーンとなった。

    実際のところ、「ウーサン」を演じたウ逸聡さんは北海道の農家の人 ではなく、日本で映画の仕事をする中国人だ。ウさんは1988年に留学のため訪日、現在は日本で映画制作 会社サン・バイ・サンワークスを経営している。ウさんはこれまで、張芸謀(チャン・イーモウ)監督の「活 着(活きる)」、陳凱歌(チェン・カイコー)監督の「覇王別姫」、田壮壮(ティエン・チュアンチュアン )監督の「藍風筝(青い凧)」、馮小剛監督の「天下無賊(イノセントワールド)」、姜文監督の「太陽の少年」など、40以上の中国映画制作に携わってきた。このほか、歌舞伎役者・坂田藤 十郎氏の中国4大都市公演の企画・制作にも参加している。08年に「非誠勿擾」の撮影・制作に携わるととも に出演を果たし、09年には日本政府により「Yokoso! Japan大使(日本の観光親善大使)」に任命された 。

    ――非誠勿擾はどうして日本で撮 影されることになったんですか?非誠勿擾に出演されるきっかけは?

    私と馮小剛は友人同士で、よく連絡を取りあっていました。あると き、小剛に「北海道に行きたい。どこに行くのがオススメか」と聞かれたんです。そこで彼をつれて北海 道に行きました。それが07年4月のことで、北海道はまだ雪が降っていました。飛行機から降りて車をレン タルし、北海道を一周したんです。私と馮小剛が旅した4日間、いろいろなことが起こりました。当時私は 小さなことなどあまり気にしなかったのですが、驚いたことに、あの時の体験の多くが「非誠勿擾」のス トーリーに生かされていたんです。

    北海道の旅から約1年後の08年3月、小剛から突然電話がかかってき て、「北海道で映画が撮りたい。脚本は今書いている。準備をしておいてくれ」と言われたんです。その とき、どの地方で撮影したいか、大体どのようなストーリーなのかなど、詳しく教えてくれました。撮影 開始前に、約2カ月間北海道に行き、下見を行いました。撮影の準備にも約1カ月かかりました。中国側か らの制作スタッフ20数人のほか、その他のスタッフは全て日本人でした。日本側はとても十分な準備をし てくれ、日本人スタッフは皆一生懸命に仕事をしてくれました。馮小剛は映画に対する要求がとても厳し い人ですが、中日双方が努力を重ね、とてもスムーズに撮影することができました。

    「非誠勿擾」のなかで、葛優演じる秦奮がウーサンに言う「私にと ってお金は大切じゃない。友人が必要なんだ」という台詞が有名ですが、この台詞をどう思われますか?

    この言葉は、私にとっても感慨深いです。男同士の友情を表す言葉 ですね。男同士の友情は女性との関係とは全く違うものです。長い間会えなくて、もう一生連絡しないか もしれなくても、心の中には互いの存在があり、一度再会すればかつての感情が蘇る。

    私の個人的経験において、助けとなり、私の人生に影響を与えたの は、女性の友人でなく、男性の友人でした。私と馮小剛は仲がよく、彼は私の心の中の考えをよく分かっ ています。私は馮小剛がこの映画を書いているとき、「ウーサン」役は初めから私を想定して書いたこと を知っています。脚本を書き終わってから適当に私を指名したんではないんです。だから映画の中でも、 男同士の友情について、詳しく描かれていました。

    ――ウーサンは秦奮と別れたあと 、車を運転し、歌を歌いながら涙を流します。このシーンはどのような気持ちで演じられたのですか?

    それぞれの人生経験が違いますので、解釈はひとそれぞれです。似 たような経験を持つ人は皆、自分を投影するのではないでしょうか。

    親友同士だった二人が、一人は米国に、一人は日本に分かれた。そ の後異国で出会ったけれども、私の演じるウーサンは生計のため、仕事に戻らなくてはいけない。子ども もいるし、家庭もある。一方の秦奮はとてもロマンティックで、男らしい人です。演じる中で、何度も感 動させられました。例えばヒロインの笑笑(シャオシャオ)が海で投身自殺を図り、助けられたときの「 どんな姿になろうとも、俺が受け止める」という台詞。簡単ですが、とても感動しました。

    撮影のときは葛優の言葉に感動することがしばしばでした。彼はど んなときも台詞に心がこもっていて、「秦奮を演じている」ということはありません。彼は心の奥深くに ある本当の気持ちを外に出しているだけだと感じました。私はウーサンという人物を演じていましたが、 あのシーンでは演技ではありません。自分の気持ちを素直に表現したんです。演じているときは、日本に 来てから20数年間のさまざまな思い出が頭の中をめぐっていました。

    20年間の苦労、生活における迷いや苦しみ、祖国への想い、多くの 親戚・友人との別れ、そして死別、、。こういったことは、一つ一つ台詞で表すことはできませんが、全て 映画の画面の中に表れており、見る人がそれぞれ感じることができます。海外で20年以上暮らす男性とい うものは、とても多くのもの、重いものを背負っています。時折、自分の背負っているもの全てを思い出 し、感情がこみ上げて涙があふれることが何度もありました。



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网友    ウさんの演技が素晴らしくて日本語もとてもきれいです。同じ留学経験の持つ人としてウさんの気持ちを良く理解します。これから日中友好のためになる映画がどんどん作れるようにがんばってね
japanese[网友]    ウーサンの長年の努力と熱意に感心しました。この写真も素晴らしいです。4人の役者さんは、本当に演技中?美味しい料理の前ではセリフが出てこないです。「美味しい笑顔」は世界共通の素晴らしい言葉ですね。イランカラプテ!オホーツク人より
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