中国では昔から右を重視し、右を尊ぶ。「左下右上」という表現は漢代の書籍に多くみられる。一般にこれは身分、地位、職務、能力の高低を形容するのに用いられる。「左遷」、「右職」、「右姓」、「無出其右」(その右に出るものはいない)などはその代表的な表現である。
しかし、星が移り季節が変わり、人の世も移り、「左遷」はとうの昔に死語となってしまった。現在、20―30歳の若い人はいうまでもなく、70―80歳の老人でも、古書を読み漁るのが好きな人や歴史文書を相手にする仕事に携わる人でなければ、この言葉に触れる機会は、おそらく非常に少ないだろう。
「左遷」はいつ中国人の生活の中から消えてしまったのだろうか。またどうして消えてしまったのだろうか? 文字研究家に細かく研究してもらうとすると、おそらくとても長い論文になってしまうだろう。もし私に大胆な推論をさせてくれるのならば、「左遷」は20世紀初期以降、2度と流布してはいない。さらに、消滅してしまった原因は主にその意味の時代的特徴からきている。
その特徴の第1は、「左遷」という表現をつかう対象である。「左遷」は朝廷に仕える人で、中央か地方政府の官職に就いている者を指す。その語義はより強い受動性を含んでおり、人間の運命において自主性はないことを意味する。そしてこの言葉は文語に属する。
すなわち、「左遷」は鮮明に時代のらく印を背負っているのである。
88年前、辛亥革命の嵐は中国最後の王朝・清朝を吹き飛ばし、「左遷」はその存在を支える時代の支持基盤を失った。白話文(日常生活で話される口語に近づけて書かれた文章)運動が盛り上がるのにつれて、「口で言ったことを文章にしよう」とけん伝され、文語文は大いに文化的地位を脅かされた。「左遷」が歴史舞台から消えていったのがこの時期よりあとということはないだろう。
「抜擢(ばってき)」も同じであり、当事者にとっては「左遷」と同じことで、受動詞なのである。口語化した「提抜」(意味は同じ)が「抜擢」にとって代わったけれども、それも非公式の場合にのみにつかわれる。現在、「左遷」と「提抜」は、例えば「降級」と「昇進」といった種類の語彙に変わった。最近の何年かで最もよくつかわれているのは、以前の「昇進」でもなく、人を喜ばせない「降級」でもなく、「跳槽」(くらがえの意味。馬が飼い葉桶を飛び越えて、別の飼い葉桶で最高の飼料を食べようとすることから)なのである。
計画経済の時代は、一度会社に入れば、一生そこを離れることはなく、その他の選択肢はなかった。職位の高低は一人の人間にとって、能力の発揮から生活待遇などまでさまざまな方面で決定的な影響を持っていたのである。改革解放後、人材の社会的流動が活発になり、いままで生きてきた世界を広く切り開いたため、人々の職位に対する関心度は低下していった。当然、単に低下しただけで、完全になくなったわけではない。
しかし、中国人は人事について議論しても、日本のサラリーマンのように頻繁に話したり、熱烈になったりしない。中国では大抵、日本のような年1回の短期的な人事異動がないので、自然と「左遷」の話題が多くはないのだろう。
日本人の口から、最初に「左遷」という2文字を聞いたとき、心の中になんともいえない複雑な気持ちとせん望がわき起こった。語句そのものの意味に照らし合わせたら、中国人の理解では、あまり適切でない使い方だが、この種の文化の保存は驚き、喜ばしい。その後、学者の文章を読んだり、日本人の友人と手紙のやりとりをしたりしていると、日本人は自分を謙譲的に「小生」、「小職」(どれも中国では時代劇にしか出てこない表現)をまだ用いている。お盆に和服にげたで、盆踊りを歌い踊ったりするのを見ると、時には一瞬、いまはどういう時代なのだろうという感じがした。この高度に現代化した国家で、このように伝統的なものを保持しているとは。
現代化の発展のただ中にいながら伝統文化を保持する点で、いまのアジアでおそらく日本の右に出るものはいないだろう。まさに「無出其右」である。この言葉も出典は「漢書」である。この言葉は古代でも口語であり、今なお中国人に愛用されている。
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