2000年5月15日
毎月1日15日更新
食在中国
Asahi.com
野口 拓朗
 をとると、食べることに執着してくる。あと、何回飯を食えるのか。指折り数えるとまではいかないが、日々の楽しみのひとつが食事である。

 「食」といえば、中国は本場である。「四本足で食べないのは机だけ」と言われるほど中国の人々は食い道楽である。おかげで、中国に滞在していた折、奇妙なものまで口に入れる幸運に恵まれた。

 貴州省でのこと。車に乗っていると、突然、食堂の店先に丸裸の動物が陳座しているのが見えた。下りてよく見ると、犬の肉だった。道路の両側長さ200メートルほどにわたって犬肉を食べさせる食堂がひしめいている。初めて見る光景だった。同行した貴州省政府の職員がにやりとして言った。「ここの名物です。体が温まって元気が出ますよ」

 どこに行っても、「野味」という看板にぶつかる。カエルやヘビ、タヌキ、ハトなどが檻の中で出番を待っている。上海の知人にお呼ばれした時に、カエルとヘビが出た。カエルは鳥肉のようにサクサクとして美味だった。ヘビは空揚げで、細長いせんべいのように見えた。我が家の家系はどうもだまされやすいようだ。小学生の息子は当時、足が速くなりたくて仕方なかった。同席した日本人の友人に「ボク、これを食べると足が速くなるよ」と言われてコロリだった。パクパクとたくさん口にした。その甲斐があったのか、運動会では堂々2位だった。

 サソリを初めて体験したのは山東省でだった。この地方の特産で、サソリの養殖で大もうけした「サソリ大王」の記事がよく新聞に出る。これも空揚げだったが、せんべいのような口ざわりで、淡泊な味だった。北京のホテルのレストランでたまたま山東省フェアをやっており、サソリもあった。子供達は嫌がるかとも思ったが、「スナック菓子みたい」と意外に歓迎された。

 最近、日本にも直輸入されるほど、日本人の間で人気急上昇なのが上海ガニだ。「左党がシーズンを待ち焦がれる」と言われるほど、あのねっとりとしたカニのミソと熱燗の紹興酒が合うのだ。食べ頃は10月から12月まで。上海近郊にある陽澄湖、洪沢湖、太湖などが産地だ。大きさにもよるが、市場では1匹50元−100元、ホテルでは3、4倍の値段になる。

 上海に赴任した頃、こんな話を聞いたことがある。ある日本人の婦人がカニを市場で買った後、ヒモで足を縛られたカニをかわいそうに思い、ヒモを切って袋に入れた。翌日、食べようと思って、袋を見たら、もぬけの殻だった。

 いやな人とお付き合いで食事する場合、カニを選ぶとも聞いた。足を割って肉を出すことなどに労力を費やし、食べるのに一生懸命になるので、自然と会話をしなくてもすむからだ。カニは体が冷えるので、食べ過ぎると腹をこわす。

 企業の駐在員がこぼしていたのを思い出す。秋になると、顧客や上司らがだんご状態で出張して来る。お目当てはカニ。毎晩、おつきあいした揚げ句、胃の調子がおかしくなった、というのだ。

 中国にいると、日本人はどうしても刺し身が恋しくなる。北京では大連あたりからいい魚が入るが、南ではそうはいかない。作家の陳舜臣さんから面白いことを聞いたことがある。刺し身はもともと中国でも食べていたが、食中毒で死んだりしたので熱を通すようになったという。南でもイケスを泳いでいる魚介類を自分で選んで食べさせる海鮮料理屋があるが、確かに蒸したり炒めたりだった。「用心深いのかな」とも思う反面、東京で刺し身に目がない中国人を見ると、頭の中が混乱してしまうのだった。

 食欲は人間の三大欲望のひとつだ。食文化ひとつをとってみても、中国人の嗜好は果てしがない。人間の研究という意味でも、尽きることのない、奥深い、最も面白い民族であると、私はつくづく思う。



◇アサヒコム編集室から◇

 ご愛読ありがとうございました。日中飛鴻はひとまず終わります。

 いつも日中飛鴻をお読みいただき、ありがとうございます。

 朝日新聞と人民日報の記者が、コラムを通じて交流するこの企画は、昨年夏のス タート以来、ご好評をいただいてまいりました。この間、両国の風俗や習慣、国民性などさまざまな問題を取りあげ、ささやかながら日中両国の友好の架け橋としての役割を果たすことができました。

 これを機に、これまでの交換コラムは今回でひとまず休止させていただき、新しい交流のページを始める予定です。人民日報とも協力し、現代の中国の姿をお伝えするとともに、これまでの交換コラムも引き続きご覧いただけます。どうぞ、ご期待ください。

野口 拓朗
(朝日新聞)

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食べ物は最高の友好親善大使
王 麗萍
 「旧暦の新年と新暦の新年」という今年正月の文章の中で、著者は日本人が旧暦の祝日を新暦で祝っている習慣を取り上げている。「郷に入れば郷に従え」で、日本にいる私は新しい習慣に従っているが、古い習慣も忘れていない。つまり、日本の新暦で祝うと同時に、中国の旧暦でも祝っているのだ。結局、祝日によっては二回祝うこともある始末だ。たとえば、つい先日の「端午の節句」も、日本人が菖蒲を買って菖蒲湯を楽しむ時、私はもち米と小豆を買って帰り、国内から持ってきたナツメや葦の葉、ネジアヤメで粽(ちまき)を包んだ。そして、そこら辺からヨモギを取ってきて家の入口に飾った。中国の旧暦では、端午の節句はまだ早いというのに……。

 作った粽はいつも友人たちに分けてあげているが、毎年好評を博している。日本の友人は、とりわけナツメに感心する。そのたびに、私は聞いてしまう。「日本は、中国や世界各地から多くの食品を輸入しているのに、どうしてナツメはないの?」当然、答えはない。中国の漢方でナツメは、補気養血(気を補い、血を造る)の働きがあると言われ、東漢時代の張仲景の『傷寒論』にある「桂枝(肉桂の枝分かれしている細い枝)スープ」は、「桂枝・芍薬・甘草・生姜」のほかに「ナツメ」が入っている。ナツメを食べて体を養うということは、だれもが知っている常識となっている。北方では、10月になると、さくさくする生のナツメが食べられる。赤いナツメだと一年を通して買い求めることができ、デパートにいけば、様々なナツメの加工食品が並んである。

 日本人は、飲食と健康に気を使い、自然食品を嗜好するというのに、ナツメを食べる習慣がないとは、残念で仕方ない。そこで、私が中国から日本に帰る時のお土産は、いつもナツメの加工品、あるいはサンザシなどになってしまう。そして、周りの友人たちもだんだんとナツメに馴染んできて、しかも好きになってきている。

 何をやるにも最後まで突き詰めないと気が済まないのが私の悪い癖のようだ。普通、友だちにナツメのよさを紹介し、実物を上げたらそれで十分となるだろうが、私はなんとナツメの木を友だちが植えないものかと考えてしまうのだ。偶然にも、ある大型園芸店でナツメの木の苗を発見した私は、これこそが問題解決の根本であると考えた。そこで、農園を持っている友だちに、ナツメの良さと美味しさを説明し、ナツメの木を植えることを提案したのである。意外なことに、友だちは私のこの奇想天外な申し入れを快く承諾してくれ、何本か苗を買って来て植えてみるという。6月にナツメの花の香りが漂い、10月になり、赤いナツメが枝いっぱいに実っている風景を想像すると、興奮を抑えきれない。

 ナツメと同様、私は日本の友人にそのほかの種類も勧めている。スイカの種、ひまわりの種、カボチャの種などだ。中国ではひまわりの種の油は、コレステロールの抑制作用があり、しかも、肌の美容によい高品質の食用油として知られている。中国人の家庭では、春節や祝日にはもちろんのこと、日常もこれを手放すことはない。デパートやスーパーマーケットに、種のコーナーがないということは考えられない。日本にいろいろな味のポテトチップスがあるように、中国の種にも多くの種類がある。最近、日本の若い女の子の間で唐辛子を食べるのが流行っているようだが、ダイエットのためだという。私は彼女たちに勧めたい―─ひまわりの種を食べなさい。美味しくて美容にもよく、それをおやつにすると、太る心配などないから、と。

 日本で、ひまわり類の種はもっぱら鳥やリスなどのペットの餌となっており、ペットショップやペットフードショップなどに行かないと、買えない。つまり、優雅な場にはふさわしくないとされているのだ。このひまわり類の名誉復帰を図ろうと、私は常に家に遊びにくる日本人の友だちをもてなした。日がたつにつれ、友だちの中には食べ方がとても上手になる人もいて、みんな美味しそうに食べてくれた。もっと後になると、私が彼女たちの炒めたひまわりの種などをいただくようになったのである。小林という友だちは、私にこんな話を聞かせてくれた。最初、彼女の家でひまわりの種などを食べるのは彼女1人しかおらず、「鳥みたい、リスみたい」と、みんなに笑われた。しかし、少し時間がたつと、子供たちが一緒に食べ始めた。普段、親とも交流が少ない子供たちだが、これを食べ始めると、不思議と会話が多くなる。最後に、彼女の旦那さんが好奇心に駆られて、幾つか食べてみる。「おい、美味しいじゃないか。鳥がこんなに美味しいものを食べているなんて、贅沢だな。」それ以来、旦那さんも一緒に食べるようになったそうだ。

 現在、私が友だちの農園に植えたひまわりの苗は青々としていて、すくすくと育っている。この夏にはきっと黄金の花を咲かせるだろう。種が成って、鳥が来て食べたらどうしようかと、心配している友だちに、私は大丈夫だと言った。鳥も食べる権利がある。鳥が半分食べ、人間が半分食べる。これこそ、人間と自然の在り方なのではないか。

 私は冗談半分に、自分のことを中国の種の親善大使と呼んだことがある。種の文化交流に力を尽くしているから。野口先生は、中国で多くの珍しいものを召し上がり、「食は中国に在り」という言葉を身をもって体験されているが、今度は何か日本の食品を中国の友人に紹介してほしいと思う。たとえば、納豆―─失礼。先生がお好きかどうかは存じ上げてないが、多くの中国人が臭い豆腐を嫌がるように、多くの日本人も納豆を食べないと聞いている。ただ、私は納豆大好き人間だ。しかも、私に影響されて、我家族と親戚は、皆納豆ファンである。なんと、弟の1才になったばかりの娘も納豆愛好家となっているのだ。
王 麗萍
(人民日報)

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