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子供--
               「多子多福」から「一人っ子」
 ―W

 「多子多福(子どもが多ければ、幸せも大きい)」 この言葉に、中国人の伝統的な家族観が表れている。「あわれ、世の親の心よ」で、子どもは親の未来であり希望だった。中国の子どもは、祖先の名を揚げる責任と、大成を願う親の期待を、その小さな肩に背負って育った。

 子弟の教育に関しては古くから体系的理念が存在した。「養いて教えざるは父の過ち、教えて厳しからざるは師の惰り」。親は子を、ただ育てるだけでなく、教育しなければならない。「わかくして努力せずんば、長じて悲傷するのみ」「将軍、宰相も血筋にあらず、男子よく励むべし」と教えた。「すべてみな下品、読書のみ高し」とはいうものの、その学問は仕官のため、天下を治めるためだった。しかし、学堂に通うことができる子は少なく、仕官できる者はさらに少なかった。多くの子にとっては家庭教育がすべてだったが、それは忠孝を至上とする君臣父子の道を説く程度のものに過ぎなかった。家と国は相等しい存在であり、教育の目的は秩序の安定と現状の維持におかれ、子どもの創造力は束縛されていた。 

[1976〜99年 改革開放の時期]

 12.jpg (6697 bytes)改革開放以来、児童の保健、医療、教育、さては児童向け栄養食品、服装、おもちゃ、図書、テレビ番組、アニメ、コンピューター、ゲームソフトなどは空前の発展を遂げた。一人っ子政策の実施以来、いかに賢く産み賢く育てるかが、社会の大きな関心事となった。新生児の死亡率は1949年以前の20%から3.14%に減少、産婦の死亡率も10万人当たり1500人から61.9人に低下した。子どもの生理、心理面の成長も加速された。「わが子よ、竜となれ」とねがう親たちは、子どもに付き添って音楽、絵画、外国語、スポーツなどの塾に通っている。(家庭での教育法を指導する父母学級が多くの地方にできている)

 13.jpg (8916 bytes)しかし、新しい問題も生まれた。家庭では甘やかされ、学校では成績重視や進学率の犠牲となった結果、子どもの全人的形成が軽んじられている。栄養過多、運動不足、膨大な宿題などが原因で、肥満や近眼が進んだ。多くの子は体を動かすことをきらい、忍耐力、自立心、創造性に欠ける。子どもに対する教育のあり方は、いまや大きな社会問題となっている。(90年代の都市の一人っ子たちは、親たちが夢にも思わなかった環境に恵まれている)

インタビュー

今と違いすぎるあのころ

 14.jpg (7482 bytes)文革が始まって私が八つか九つのときだった。学校で授業ができなくなり、家に帰った。この国で何が起きているのか、わからなかった。武力闘争、大字報。すべてが混乱を極めた。大人たちはいくつかのセクトに分かれて闘っている。ベタベタ張り出された大字報には、私の両親に関係したものもあった。映画に出てくるようにトラックで町中を引き回される人。尖った帽子をかぶせられ、首にたん壺を吊るされる人。人間の尊厳など、どこにもない。見ているだけで恐ろしかった。対立するセクトが、赤い房のついた槍やこん棒や鍬などを持って非難を浴びせあい、やがて血みどろの戦いになった。新聞社の編集幹部だった友達のお父さんは、朝から晩まで廊下の掃除をやらされた。反動分子だというのだ。子どもたちが彼をつけまわして石を投げても、彼はただ黙りこくっていた。やがて学校が再開した。だが学科の勉強は一切なく、毎日毛主席の語録を学習し、毛主席の語録を唱え、毛主席万歳を叫び、林副主席の健康を祈るだけだった。それから、私心を容赦なく暴き出し、『毛沢東選集』を読んだ感想を書かされるようになった。書けなくても何かでっち上げなければならなかった。「わたしはきょう廊下の掃除をしたくなかったが、これは私心だと思ってきびしく自己批判し、掃除しに行きました」といったような、決まり文句ばかりだった。子どもはもともと純粋なものだが、文革はこの世代に大きな傷を与えた。ウソをつくことを教えたのだ。正邪善悪の規範がなくなっていたのだから、小事などどうでもよい。15.jpg (6883 bytes)勉強はろくにしなかったから、楽しみは自分で遊ぶこと。石でお手玉したり、あめの包み紙で折り紙していた。親が何か買ってくれたことなんて、一度もなかった。高価なおもちゃを持ち、テレビゲームをやり、マクドナルドのハンバーガーを食べている今の子どもたちとは比較にならない。私の息子も今年十歳、文革当時の私と同じくらいだが、彼らの今の生活は私の小さいころとは大違いだ。(夏芳  北京一六一中学校教師 四十歳)(左:甘やかされて育った子どもを鍛えるため、成都市の幼稚園では練に勝つ教育」取り入れている右:今、すべての子どもが幸福を享受する時代が来た)

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