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2000.3.30 |
| 中国人権発展の50年 | ||||||||||||||||||
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国務院新聞弁公室 一九九九年は中華人民共和国成立五十周年にあたる。半世紀いらい、中国人民は中国政府の指導のもとで、国の主人公としての姿勢で、貧困と立ち遅れをなくし、富強、民主、文明の国を建設し、人権を十分に享有するという崇高な理想を実現するため、長期にわたってたゆまず模索し、初志をまげずに奮闘し、中国の人権状況に天地をくつがえすような変化を生じさせた。 二 生存権、発展権および経済的、社会的、文化的権利の大きな改善 新中国成立五十年いらい、とくに改革・開放いらい、中国政府は終始人民の生存権と発展権の問題を首位に置き、あくまで経済建設を中心として、社会生産力を大いに発展させてきた。それによって、経済と社会は目ざましく発展し、総合国力はいちじるしく強くなり、人民の生活水準は大幅に向上し、貧しい状態から衣食問題の基本的解決へ、衣食問題の基本的解决からまずまずの生活レベルへと二回にわたる歴史的飛躍を遂げた。 一九五二年の中国の国内総生産(GDP)はわずか六七九億元であったが、一九九八年には七兆九三九六億元に達し、物価上昇の要素を差し引いた年平均伸び率は七・七%で、同期の世界平均伸び率の二・五倍以上であった。一九五二年から一九九八年までに、比較可能な価格で計算すれば、工業総生産額は年平均一一・六%増えて一五九倍になり、農業総生産額は年平均三・三%増えて四・五倍になった。貿易総額は一九五〇年の一一億三〇〇〇万ドルから一九九八年には三二三九億ドルに増え、年平均一二・五%増えて二八七倍になった。国連関係機構の見積りによると、中国の現在の経済総量はすでに世界七位、貿易総額は世界十一位、外貨準備高は世界二位、総合国力は世界九位となっている。現在、中国が十二日間に創出する国民総生産(GNP)は一九五二年の年間総和に相当する。粗鋼、原炭、セメント、化学肥料、テレビおよび穀物、肉類、綿花、落花生、菜種、果物など重要な工農業生産物の生産量はすでに世界一位となっている。一九四九年から一九九八年までに、中国の食糧総生産量は一億一〇〇〇万トンから五億一〇〇〇万トンに増え、年平均三・一%増えて四・五倍になり、同期の世界平均伸び率を超えた。中国の食糧総生産量が世界のそれに占める割合は一七%から二五%に上昇した。現在、中国の食糧総生産量はすでに世界のトップを占め、食糧、肉類、たまご、水産物などの一人当たり占有量は世界の平均レべルを超えて、多数の人口が長期にわたって飢餓と半飢餓の状態にあったという旧中国の状況をすっかり変え、世界の七%の耕地で世界の二二%の人口の食問題を解決する奇跡をつくり出した。 都市・農村住民の生活は続けざまにいくつかの段階に上がり、消費水準はいちじるしく向上した。一九四九年の都市部住民一人当たり現金所得は一〇〇元足らずで、農村部住民一人当たり純収入は五〇元足らずであったが、 一九七八年には、都市部住民一人当たり可処分所得は三四三元に、農村部住民一人当たり純収入は一三四元に増えた。それが一九七八年から一九九八年までには、都市・農村住民の一人当たり所得はそれぞれ五四二五元、二一六二元に増え、物価の要素を差し引いた実質的増加はそれぞれ三・三倍、四・六倍になり、年平均六・一%、七・九%増えた。住民一人当たりの実際の消費水準は一九五二年の八〇元から一九九八年には二九七二元に増え、都市・農村住民の貯蓄預金は八億六〇〇〇万元から五兆三四〇八億元に増えた。新中国の成立初期、都市・農村住民の衣食支出は生活費収入全体の支出の八〇%を占め、農村部住民のそれは九〇%以上も占めていたが、一九九八年には、この割合はそれぞれ五五・六%、五九・六%に下がった。 都市部住民のエンゲル係数(食費が家計支出に占める割合)は、改革・開放前はずっと五七%以上であったが、一九九八年には四四・五%に下がり、生活消費は全体としてまずまずの生活レベルに達した。一九五四年の農村部住民のエンゲル係数は六九%と高かったが、一九九八年になると、農村部住民の消費構造が大いに改善されて、エンゲル係数は五三・三%に下がり、文化・娯楽、サービス支出とその他の支出の家計支出に占める割合は二五・四%に上昇し、住居と被服の支出の割合はそれぞれ一五・一%、六・二%であった。これは、農民の消費支出に占める生存手段の割合がいちじるしく下がり、発展・享受手段の割合がいちじるしく上がったことを示している。現在、全国の九五%以上の農民は衣食にいくらか余りある暮らしをしており、二五%前後の農家は全体としていくらかゆとりのある暮らしをしている。 中国は、経済を大いに発展させ、全国人民の生活水準を普遍的に高めると同時に、貧困人口の衣食問題の解決に力を入れている。とくに改革・開放いらい、中国は貧困人口の衣食問題の解決を最緊急課題として、国が統一的に計画、配置し、全国において大規模な貧困脱却扶助・開発活動を計画的、組織的に展開してきた。ここ二十年の間に二億余りの農村貧困人口の衣食問題を解決して、全国の農村貧困人口を一九七八年の二億五〇〇〇万人から一九九八年には四二〇〇万人に減らし、貧困人口の農村人口に占める割合を三〇・七%から四・六%に下げた。貧困人口一人当たりの年間純収入は一九八五年の二〇六元から一九九八年には一三一八元に増え、貧困地区の生産、生活条件はいちじるしく改善された。ここ二十年来、世界の貧困人口が年を追って増え、貧困の度合いがたえず大きくなっているのに対して、中国の貧困人口は年平均一〇〇〇万人の速度で減り、世界において貧困人口逓減速度の最も速い国となった。一九九九年、世界銀行(IBRD)、国連開発計画(UNDP)は中国の貧困脱却扶助・開発活動を全面的に検討してからレポートを発表し、「全世界の多くの地域で貧困人口が普遍的に増加しているが、中国は例外である」、「中国が絶対的貧困の問題を解決するうえで収めた成果は世界に公認されている」と指摘した。 旧中国では、重大な自然災害に見舞われるたびに、餓死した人の死体が至るところに見られた。一九三一年、華東地区に発生した水害で一四万五〇〇〇人の死者が出た。それにひきかえ、新中国は救災活動をきわめて重視し、人民の生命と財産の保護、救助に努め、被災地区の人民の基本的生活を保障している。初歩的統計によると、新中国成立五十年らい、中央から特大の自然災害のために支出した救済補助金は三〇〇億元以上にのぼり、災害で食糧に困った延べ二二億人余りの困難を解決し、延べ八億人余りの住宅を再建し、倒壊家屋を一億間余り建て直し、延べ二億余りの人に数十億着の衣服を提供し、災害で病気になった人を延べ一〇億人余り治療した。 勤労者の権利は最大限の実現を見た。一九四九年の失業人口総数は四七四万二〇〇〇人にのぼり、失業率は二三・六五%であった。このほか、農村で破産した農民が数千万人にのぼった。一九九八年には、全国都市・農村の従業人口は六億九九五七万人に達し、全国都市部の登録失業者数は五七一万人、登録失業率は三・一%であった。国有企業の一時帰休者基本生活保障制度、失業保険制度、都市部住民最低生活保障制度の三つの保障制度が確立されたため、 一時帰休者と失業者の基本生活は効果的に保障されるようになった。勤労者の労働報酬は速やかに増加した。全国都市部従業員の年間平均賃金は一九五二年の四四五元から一九九八年には七四七九元に増え、比較可能な価格で計算すれば、三・八倍に増えた。従業員の労働時間は法律の規定に基づいて、過去の一日八時間、毎周四十八時間から現在の一日八時間、毎周四十時間に短縮された。一九四九年前、全国に技術労働者養成学校は数校しかなく、しかも規模が小さかったが、いまでは多形態、多段階の、経済建設の必要に基本的に即応した職業教育と職業訓練システムが構築され、都市部で新規増加した労働人口がさまざまな養成・訓練を受ける割合は七〇%に達している。 旧中国には真に広範な勤労者を対象とする社会保障制度がなかった。しかし、新中国は、巨額の資金を投じて社会保障事業を発展させ、これを完全なものにし、日ましに整備する社会保障システムをちくじ構築している。現在、部分的企業の従業員は依然として企業がその定年退職金を負担しているほかに、企業基本養老保険社会一括プールに加入した従業員は九四三三万人に達し、従業員全体の八四%を占めており、企業の基本養老保険に加入した引退・定年退職者は二八〇〇万人以上に達している。一九九九年末現在、失業保険に加入した従業員は九九一二万人に達し、国は失業保険によって一五〇〇万人以上の失業者を救済し、同時に七五〇万人以上の失業者の再就職を援助した。新中国成立後、国は公費・労働保険医療制度をうち立てた。一九九八年末現在、全国に公費医療、労働保険医療を享受する者は一億七七八一万人いる。現在、全国に公傷保険費用社会一括プールを実施している市・県は一七〇〇以上あり、これに加入した従業員は三七八〇万人以上に達している。生育保険費用社会一括プールを実施している市・県は一四一二あり、これに加入した従業員は二七七七万人に達している。一九九九年十月現在、全国に住民最低生活保障制度を確立した都市は六六八、県政府所在地は一六三八あり、受益している貧困住民は二〇〇万以上に達している。 旧中国では、人民は最も基本的な医療・衛生サービスを享受することができなかった。 しかしいまでは、都市と農村の至るところに医療機構があり、医療・衛生サービスシステムも基本的に形成されている。一九四九年、全国の医療・衛生機構は三六七〇カ所、べッド数は八万四六〇〇床、衛生技術要員は五〇万五〇〇〇人で、千人当たりのべッド保有数は〇・一五床、衛生技術要員は〇・九三人、医師は〇・六七人、看護婦・看護士(高級看護婦・看護士)は〇・〇六人しかなかった。だが、一九九八年には、全国の医療・衛生機構は三一万四一〇〇カ所、べッド数は三一四万三〇〇〇床、衛生技術要員は四四二万三七〇〇人に増え、千人当たりのべッド保有数は二・四床、衛生技術要員は三・六四人、医師は一・六五人、看護婦・看護士(高級看護婦・看護士)は一人に達している。人びとの健康水準は大いに向上した。急性伝染病発病率は一九四九年前の一〇万人につき二万人から現在では一〇万人につき二〇三・四人に下がっている。人口死亡率は一九四九年前の三・三%から一九九四年には〇・六四九%に下がっている。国民の平均寿命は一九四九年前の三五歳から現在では七〇・八歳となり、発展途上国の平均指数より一〇歳長く、中進国の水準に達している。 旧中国では、文化教育水準が非常に低く、広範な勤労人民は教育を受ける機会がきわめて少なかった。新中国はさまざな措置を講じて、教育事業を大いに発展させ、公民の教育を受ける権利は確実に保障され、十分に実現した。一九九八年、全国の七三%の人口をもつ地区で九年制義務教育が普及し、学齢児童の就学率は一九四九年前の二〇%前後から現在の九九・三%に、中学校段階の粗就学率は八七・三%に達し、発展途上国の同期の平均水準を超えた。新中国成立後の五十年間に二億三〇〇〇万人の非識字者が読み書きができるようになり、全国総人口の文盲率は新中国成立前の八〇%以上から現在の一四・五%に下がり、そのうち青壮年の文盲率はすでに五・五%以下に下がった。一九九八年、普通大学と普通中学・高校の在学生数は一九四九年前の在学生数の最高年に比べて、それぞれ二二・九九倍、四一・一一倍に増えた。全国の教育を受けている人口は三億人近く、学校で正規の教育を受けている人口は二億三〇〇〇万人に達している。 統計によると、一九四九年から一九九〇年までに、普通大学で養成された大学院生、大学本科・専攻科の卒業生数は累計七六〇万八二〇〇人に達した。その人数は旧中国の一九一二年から一九四八年までの卒業生総数の四〇倍近くに相当するものである。 五十年来、中国は人民の生存権、発展権および経済的、社会的、文化的権利を実現する面で世界に認められる成果をあげた。アメリカの一九九九年十月一日付『ニューヨーク・タイムズ』の社説および九月二十九日付『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』の記事はそれぞれ次のように指摘している。「中国が世界の四分の一の人口の衣食住を解決する面で収めた巨大な成果は、歴史に記されるであろう」、「普通の中国公民のいまの健康、営養、教育、生活水準は、この中央王国の長い歴史上のいかなる時代よりも高い」と。 |
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