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Vol.9(2008/11/5発行)

【中日交流】

「旅を終えて、日中関係改善に向けて私たち若者ができる新たな抱負・夢」

東京外国語大学 宮田真理

 幼少期を中国で過ごし、北京日本人学校に通う小学生だった頃の私は、日本・中国という国の概念がなく、両国の関係などとはおよそ縁がなかった。大学に進み、中国語を学び始め、私にとって中国は特別な国となり、反日デモやインターネットでの両国の間での憎悪に満ちた文章があふれるようになり、中国との付き合いを深めていきたいと考えるようになった。

 中国には幾度も渡航したことがあり、今回の鑑真プロジェクトは初めての訪中ではなかった。しかし、この度の訪中は今までのどの訪中よりも意味のあるものとなり、私の人生の糧となった。

 奈良の唐招提寺に始まり、我々は大明寺・鑑真学院・阿育王寺等を訪れ、日中交流の礎を築いた大先達、鑑真和上の足跡を辿った。鑑真和上縁の地を訪れる度に、和上の精神を学び、その偉大さを知り、感動を覚えた。そして中日間の政治や経済での摩擦が兎角強調される昨今において、置き忘れられた四句の文の意味を再考するべきだと感じた。「山川異域・風月同天・寄諸佛子・供結来縁」未来ある中日関係構築のために何ができうるか考えたい。この四つの句に含まれた先人の意思を受け継ぐことができたらと。隣の国に渡り、そう強く思った。

 はるか昔の日中交流に思いをめぐらすと同時に、現代中国の同年代の若者と交流する機会にも恵まれた。そこでは、鑑真プロジェクトの目指す所、「日中の新時代を切り開く」へ一歩前進することができるような出会い、貴重な経験を得た。

 まず何より、彼らとの会話やディスカッションを通じて得た衝撃は計り知れないものであった。中国人学生の勉学への意識の高さに圧倒された。また、同じ大学生でもこれほどまでに物事の見解が違い、熱意に溢れた人達がいるのかと思い知らされた。今までも中国の学生達と触れあい、こうしたことを感じさせられる機会が皆無であったわけではないが、今回の経験はそれらをはるかに上回るものであった。中国の人々とより意思疎通を図りたいという思いをもち大学に入学し、中国語を学んだ。言語の違う人との友好関係構築は容易なものではない。そういう認識があったからこそ敢えて今回のプロジェクトに参加した。心の中では言語という第一の障壁に向かい合いたいという挑戦の意味も込め、中国人学生との交流に臨んだ。しかし、そんな思いも中途半端に終わり、中国人学生を目の前に愕然とするばかりであった。日本語、英語を流暢に操る彼らに接し、その背景に彼らの語学勉強への弛まぬ努力が想像できた。語学を少しでも学んだ者として、それを学ぶのがいかに厳しいことなのかを知っているからこそ、彼らの学びに対する真摯な姿勢には脱帽せずにはいられなかった。自分の能力の及ぶ限りの英語・中国語で会話したが、拙い言葉では真に伝えたいことも伝えることが出来なかった。相手が話してくれた意見や価値観も実際には充分に理解する段階まで達することが出来なかったように思える。真の相互理解を生む為に必要な建設的な議論というものも、当然、言葉が上手く通じ合わない中では実現しなかった。語学を学んできたつもりであったが、実際には漫然と大学生活を過ごして来てしまった自身の現実を突きつけられた。それまでの自己への反省、課題発見の苦い訪中であったと肩を落とし帰国の途に着いたのは言うまでもなかった。

 しかし、帰国後、中国の各大学で出合った学生達からのメールが出会って数日もしないうちに、まだ訪中団が中国滞在中の日付に届いていたのを見て、思わず身震いした。短い時間の中、意思疎通も思うままに出来なかったにも関わらず、貴重な友人を作ることが出来たのだ。その事実を忘れてしまっていたことに気づき、同時にそのメールの温かさに感謝した。なかには、英語で書かれた文章の下に、メールのやりとりを中国語の勉強の為にも役立てて欲しいという意味で、前文に書かれた英語の中国語対訳を載せてくれた友人もいた。そうして、帰国後も連絡を取り合い、仲を深め合っている友人達とは中日交流という枠を超えた、友人同士の付き合いとなっている。鑑真和上の精神には及ばないが、中国の同年代の若者との交流は私の意識を確実に変化させ、記憶の中に眠る「小さな火花」という言葉を思い起こさせ、心に「日中の新時代を築いてみたい」という火花を灯した。

 「小さな火花」という言葉は実は、日本と中国に無自覚であったあの小学生の時代に体に染み付いたものであった。北京日本人学校の全校集会や行事の際、何度も歌った校歌「ぼくらは火花」の歌詞の一節である。「小さな火花」という言葉を二十歳過ぎに、大学生になった今になって思い出し、不思議な感覚を覚える。團伊玖磨先生が作曲された軽快なメロディーが大好きだった。ただ、当時の私は井上ひさし先生が作詞された歌詞の意味をよく理解しないまま元気に歌っていた。その歌詞の意味がようやく分かったのだ。

ぼくらは火花 ちいさな火花 長城のはじまりも ちいさな石ひとつ 長江のはじまりも ちいさな水たまり だから燃やしつづけよう 火花はやがて広野を焼きつくす

 中国と日本の未来を築く幼い若者達に託した思いがこの校歌に表れていたのだ。今回のプロジェクトとは全く関係の無い話ではあるが、帰国後、この校歌を読み返した私には鑑真和上や普照・栄叡の精神に通ずる何かがあるように思えてならなかった。

 日中関係改善に向けて今の私にできること。それは、今回の訪中で痛感した言語の壁を少しでもなくすように、深淵な相互理解の為の語学の勉強を怠らないこと。離れて暮らす友人達との出会いを大切に、これからも友情を温める続けること。そして、日本や中国の同年代の若者にこの自らの体験を紹介し、若い時期に互いの国への関心を芽生えさせ、少しでも相手への誤解をなくさせることであると思う。鑑真和上のような徳の高い人物でも、影響力のある人間でもない一個人である私だが、鑑真和上の精神を忘れずに、私の中に灯る小さな火花を今まで中国と触れる機会の少なかった友人や知人にも少しずつ燃え移らせたい。また、それを友人や知人が他の若者に灯してくれることを願っている。

 <その他気づいたこと>

 鑑真プロジェクトを実現させて頂いた顧問の先生方はじめ多くの支援者の皆様に深く御礼申し上げます。私達未熟な学生が、無事に中国への旅行を終え、一生に一度きりといえるほどの貴重な経験をさせて頂けたのは全て先生方・支援者の皆様のご尽力があったからこそ、と大変感謝しております。先生方や支援者の皆様がこのプロジェクトに込めてくださった熱い想いを無駄にしないためにも、これからも日中交流のなかに身を置き、よりよい関係構築の為に邁進していきたいと思います。大学3年生という時期にこのプロジェクトに参加し、訪中団の中ではある種自己実現の場として成長させられ、中国では日中交流の場を提供していただき、プロジェクトに参加させていただいたことは身に余る光栄であったと改めて感じております。今回の訪中を契機に自分自身の将来を見つめなおし、中国とのかかわり方も模索してみたいと思うようになりました。私の人生の中で、大事なターニングポイントともいえる時期にこのような素晴らしい経験をさせて頂けたことに再度御礼申し上げます。有難うございました。また、若輩者ではありますが、どうか今後ともご指導いただけましたら幸いです。

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