一週刊  第97号  2008年11月27日  
 
 

  中国住宅事情——30年の「三段跳び」価格上昇

 
 
天通苑
2008年9月1日、杭州市区の第26期「低価格賃貸住宅」の住宅選択会が杭州市直管社宅経営有限公司で行われ、そこで自分にあった家を選んでいる市民。
住宅価格の値上り
不動産市場の住宅価格
自分の家を持つのは人々の夢である
上海市中心にある旧式の団地。周辺には新築のマンションがある。

   衣食住と交通手段は人々の生活の根本である。特に住宅、自分の家を持つことは、中国の人々の夢であり、特に人口の大部分にあたる大都市生活者にとって、自分の家を持つことは、生活の中で最も重要な目標の一つとなっている。家は親から継承することもあるが、多くの人は自分の努力で取得する。今日の中国では、大都市の住宅価格は高値にあり、値下がりすることはない。住宅購入は中国人が最も興味のある話題の一つとなっている。中国の改革•開放から30年間の発展を俯瞰すると、中国の住宅価格は劇的な変化を経てきた。

福祉分配の時代 家賃は17元50銭  

  1978年の改革•開放以前には、中国には不動産市場はまったく存在しなかった。不動産開発は全部国家による投資で、生産を重んじ非生産的な不動産開発を軽視していたため、都市のインフラ整備と住宅建設は、都市の発展と人口の増加による需要増に立ち遅れた。この時期には、住宅の建設は国家財政による支出であり、住宅建設後は、福祉の一環として従業員に分配された。そのため、新中国の成立から改革•開放以前の時期には、中国の人々が自分の家を持つには、国が雇用する仕事が必要であった。多くの人の住宅は、勤務先によって割り当てられたもので、これを「福利分房」という。住宅の割り当ては、仕事の継続年数、既婚、家族の人数、職責などを基本条件としている。住宅を割り当てられた後は、わずかな家賃が課される。このような「福利分房」は人々の負担を減少させたが、人口が多いため、多くの人が住宅を持てないという社会問題が突出するようになった。上海や北京といった大都市では、何世代にもわたる家族が一緒に住んでいるのが普通で、ゆとりのある住宅を持つのが人々の夢であった。

住宅制度の改革、1平方メートル当たり2160元

   1980年には、全国の都市の1人当たりの居住面積は3.6平方メートルしかなく、都市住民の居住環境と生活条件の早急な改善が求められた。これは改革•開放以降、不動産特に住宅建設の快速な発展の重要な要因となった。1998年、中国では福祉による住宅分配が廃止され、住宅の商品化が不動産市場をすさまじく発展させた。1992年、中国は計画経済から市場経済へと移行し、本当の意味での不動産市場が大きな発展を遂げた。土地使用制度の改革により、土地の無償•無期使用から有償•有期使用へと変わった。都市のインフラ建設に多くの資金が投入された。巨大な需要は「土地囲い込みブーム」と「不動産ブーム」を引き起こし、一部の都市には不動産バブルが発生した。不動産市場は大きな刺激を受け、発展した。

   本世紀の初め、北京の北の郊外に、ある不動産プロジェクトが始まった。開発業者はそれに「天通苑」という名前をつけた。発表された販売価格は1平方メートル当たり2160元であった。それは口コミによって広まり、ブームが引き起こされた。天通苑は、不動産プロジェクトというより、北京の郊外に小型の町が建設されたという感じであり、そのような大規模で低価格な住宅がブームを引き起こすのは、当然の結果ともいえる。しかし、多くの人はそこを都市の中心から遠く、交通が不便であると考え、購入をあきらめた。今日、住宅価格が高騰し、各種の施設も整ったので、多くの人は当時購入しなかったことを後悔することになった。北京に住む蒋さんは、北京市の中心東単にある1960年代に建造されたアパートで、共同の台所•トイレを使い、家族4人で30平方メートルの部屋に住んでいた。この家は蒋さんの父母が1970年代に所属先から分配されたもので、父母が出国したのち、会社を経営する蒋さんがここに住んできた。「天通苑」の発売当時、蒋さんは友人のつてを使ってその東区にあるメゾネットを購入し、居住面積は200平方メートルまで増加した。中心部からは遠く離れたが、居住条件は大いに改善された。

東単の住宅価格 1平方メートル当たり5万元

   蒋さんが住宅を購入してから間もなくの2002年以降、中国の不動産価格はずっと猛スピードで高騰している。多くの金持ちは自分の住宅を持っているだけでは満足しなくなり、不動産を投機目当てで売り買いし始めたため、不動産価格が高騰したのだ。国外では住宅の購入価格はサラリーマンの年間所得の3〜5倍というのが普通だが、中国国内ではその10〜20倍に相当した。このような状況では調整を行わなければ、住宅問題の解決は難しくなる。住宅価格の高騰に伴い、さまざまな問題が発生するだろう。そのため、2005年から、中国政府は「住宅供給構成の調整及び住宅価格の安定に関する通知」など一連の不動産業界に対する調整政策を打ち出した。その調整は持続して行われたものの、住宅価格は上昇の一途をたどった。
   住宅価格の高騰の過程で、普通の都市市民が自分の住宅を持つという夢はどんどん遠ざかり、政府は「人々に自分の住宅を持たせる」という政策の市場による実現は不可能であると気づいた。広州などの都市では、1戸当たりの面積と1平方メートル当たりの価格に上限が設けられた住宅の販売や、住宅保障政策の見直しなどが実施された。そして2007年の『国務院の都市の低収入家庭の住宅問題の解決に関する若干の意見』で、中国の新しい住宅供給制度の基礎ができあがった。住宅問題の解決は、低收入家庭は低価格の賃貸住宅やエコノミー住宅で、中程度の収入がある家庭は各地の実際の情況によって限定価格の住宅とエコノミー住宅によって、高収入家庭は市場によって問題を解決することとなった。
   陳さんの娘は北京市中心の商業区、東単付近にある有名高校に合格し、通学の便のために、蒋さんの旧宅があった場所に建てられた1平方メートル当たり平均価格5万元の新築アパートを購入した。蒋さんは旧宅の立ち退きの際、保証金として、1平方メートル当たり8000元の補助金をもらった。住宅の購入に大金をはたいた陳さんだが、遠くない将来、ここの住宅の1平方メートル当たりの価格は6万元以上になるはずだと、自信満々である。

   改革•開放から30年、中国の住宅価格は、「三段跳び」的な上昇をとげ、狂ったような上昇のなかで歩みをすすめてきた。しかし、2008年、住宅価格は上がる一方で値下がりしないという神話が破られた。2008年上半期には、深圳、広州などで土地の売れ残りが発生し、住宅価格も値下がり傾向にある。関係者が予測するように、2008年オリンピック後、開発業者はもはや「オリンピック」で煽ることができなくなり、それに加えてここ4年ほど、政府により税収、土地供給などの方面による調整政策が行われている。政府がマクロ調整政策を一段と細分化して着実に実施した場合、北京の住宅価格は合理的な価格にまで下がるだろう。2008年のオリンピック後、北京の住宅価格は必ず下がるとまでは言えなくても、コントロールされるに違いない。

 

 

 

(「中国画報」より)

 

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