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Vol.11(2008/12/05発行)

【中日交流】

宮内雄史・中国随想

宮内雄史

1973年   畢業于東京大学教養学部教養学科(專業:美中關系)
1973年   就職于三菱商事株式会社
1974年―1976年   留学于新加波南洋大学(中文專業)
1978年―1981年 北京常駐
1983年―1987年 北京常駐
1992年   部中国課課長
1997年   部中国室室長
2000年   日本貿易会・国際社会貢献中心事務局長
2004年   三菱商事(上海)總經理室長
2007年   東京大学北京代表處所長宮内雄史 東京大学北京代表處所長

 北京市の大気汚染、交通渋滞、感染症の発生、テロ活動、人権問題、食の安全、応援マナー、バブル崩壊、等々様々な不安や不信が飛び交わされる中で開催された北京オリンピックであったが、殆ど目にするような混乱も無く、豪華盛大に挙行され無事に終了した。北京の街は交通規制が効を奏し車の流れもスムースであったし、大気の状態も天候も良好であった。安全検査は面倒になるほど厳しいものであったが、学生ボランティアーを中心とした係員は礼儀正しく、誠実な応対は好感を持てるものであった。鼓楼でアメリカ人旅行者が一人刺殺される事件はあったが、大会を阻害するようなトラブルや事故は発生しなかった。中国では連日の中国選手の金メダルラッシュが繰り返し報道され、日本でも北島を始めとする日本人選手の活躍が大きく伝えられた。中心となったオリンピック公園では、“鳥巣”と“水立方”の華やかな夜景に、カメラを持った多くの人々が毎日夜遅くまで立ち去らず、巨大な各競技施設を訪れた数百万人の人々が直接この大イベントを楽しむ事が出来たと言えよう。

 斯様に、北京オリンピックは、事前に出ていた憂慮や指摘を吹き飛ばすようなスムースな運営と華麗な演出の成果であった。ところが、日本社会や日本人の感覚からすると、何か割り切れない違和感が言い知れず残ってしまったオリンピックでもあったような気がする。中国の全世界に向けた歴史的大事業からしてみれば、それは些細な事なのかも知れないが、やはりこの違和感については、具体的に提示しておいた方が、今後の相互理解や国際交流に多少でもプラスになるのではないかと思われるので、敢えて述べることとしたい。

<開幕式>

 その象徴的なのが開幕式であった。絢爛たる開幕式の様子には誰もが凄いとの印象を持った筈である。ところが、事後談が伝わるとともに白々しい感じが急速に広がってしまった。先ず、花火の足型が会場に向かう場面は、実況ではなく、コンピューターグラフィックによる合成画面であったとの事である。実況放送には初物を見る期待と、失敗があるかもしれない不安があり、それ故に感動が強い。技術的な問題から、実況が難しいと言うことは解説を受ければ十分理解出来る事である。事実に即した説明を受けた上で、画面とは別に実際には本当の花火が同じように会場へ向かって歩いて来ていると知らされても、それはそれで十分に感動的なものであったろう。ところが、実物を見ていると思い込んでいたのが、本当は合成画面であったと後で知ると言うのでは、何とも遣り切れない感じがして来てしまうのである。恰も、贈り物にもらったブランド製品を人にも見せて喜んでいたところ、後からそれが精巧な偽ブランド品であることが知らされた、ほろ苦い感じに似ている。中国は偽物、偽ブランド品が多いとの指摘がされているが、やはり中国はそうなのかと受け取られる、恰もそれを自ら立証するかのような演出であったと言えよう。

 56の民族衣装を着た子供達の場面もそうである。確かに厳密に言えば、56の異なる民族衣装であって、56の民族の子供たちとの説明は行われていない。しかし、あの場面は、中国が多民族国家であり、多数の民族が融和して生活している事を示そうとするもので、その多彩さと少数民族の特徴ある文化が尊重を受けているとの印象を与るものであった。ところが、実際に様々な民族衣装を身に着けていたのは殆どが漢族の子供達であったと言うのである。現在中国に対し、少数民族とその文化を抑圧しているとの批判が広く行われている。この場面は正に、形としては56の多民族国家であるが、実態は漢族が支配しているのである、とわざわざ示すような演出であったと言える。

 そして最大のショックは所謂“口パク”である。赤いドレスを着た9歳の林妙可ちゃんが歌った「歌唱祖国」は開幕式の中でも最も感動的なシーンであった。ところが、あの歌は実際には7歳の楊沛宜ちゃんの歌声を録音したものであったと言うのである。スタジアムの音響効果からして、実況ではなく事前に録音した音声を流すと言うのは、まだ已むを得ない事として理解される。それが、本人ではなく別人であったと言うのでは、何とも薄ら寒い感じがして来てしまうのである。開幕式の音楽総監督を勤めた陳其鋼氏はパリで活躍する身分であったためか、党の上部にいる人の意向で、外見の相応しくない楊沛宜ちゃんを画面から外し、声だけが採用されたとの内情が吐露され、実情が知れ渡ってしまった。楊沛宜ちゃんは、自分の声が流れているのに、名前さえ告げられない様子にショックを受け、翌朝腕には深い歯型が残っていたとのエピソードが伝えられる一方、中央テレビが本人を取材したところ「自分の声が出ただけで満足している」と答えたとの報道が一時された後、新華社初め公的なサイトからは、この件に関する記事が全て削除されるようになってしまった。現在も、あの歌は林妙可ちゃんのものであるとの事になっている。

 それから、平和、調和を象徴する和の字の様々な字体を、人間が入った活字を上下させることで示す場面は大変見事なものであった。しかし、日本人は漢字が分かるから良いものの、世界の人々にはどのように映ったのであろうか。他にも、例えば外国人で鄭和の歴史を知っている人は少ないであろうし、次々に目まぐるしく演出される中国の発明や文化、礼節など、中国の人には直ぐに分かるものでも、外国人が理解するのは簡単では無い。聖火の点火を李寧が空中を走りながら行う場面を、劇的効果を狙って最後まで秘密にしておくのは良く理解出来ることである。しかし、オペラなどもカタログで事前に荒筋や見せ場を知っていた方が良く鑑賞出来、感激も深いのと同様で、開幕式で何が表現されるかの概要が事前に知らされていた方が外国人には開幕式を一層良く楽しめ、中国文化を世界の人々に表現しようとの意図に合っていた筈である。中国は中華思想の伝統があり、他の民族や国民がどう感じているかなど関心が無いとの指摘がある。又、独裁体制で秘密主義であるとの指摘もある。世界に向けたイベントとしては、中国はやっぱり指摘されている通りである、と思わせる演出効果になってしまったと言える。

<金メダル>

 アメリカを遥かに凌ぐ金メダルの獲得に、中国選手団の目覚しい活躍の結果が現れている。しかし、ここでも何となく割り切れない感じが拭い切れない。隣の国が日本の数倍も沢山の金メダルを取り、日本が期待していた柔道や女子レスリング種目でも金を持って行かれてしまった、そして世界一になってしまったとの妬みや、やっかみもあるであろう。しかし、金メダル獲得で日本が中国に抜かれたのは1984年のロサンゼルス・オリンピック、その前の1982年のニューデリー・アジア大会であり、その後は一方的に差が開くばかりであって、今更その衝撃は大して大きなものとは言えなくなっている。確かに、オリンピックでのメダル、特に金メダルの獲得には、どの国の人々も無条件で喜び興奮してしまうもので、オリンピックの存在は他に比べように無いほど大きなものである。しかし、同時に、オリンピックそのものが決して絶対視するほどのものではなく、色々不具合もあるとの覚めた感覚も一方では存在している。

 もともとオリンピックはプロのスポーツとは一線を画したアマチュア選手による競技会で、その純粋性こそが尊いとされていた。今でもプロ競技が盛んな、サッカー、ゴルフ、バスケット、野球、テニスなどはオリンピックに種目が無いか、最高級の試合はオリンピック以外の場になっている。しかしながら、各種競技のプロ化が一層進んだ事と、オリンピックの商業主義が大きく展開した事から、今やアマチュアとプロの境は殆どなくなって来ている。又、もう一つ、社会主義国による“ステートアマ”の存在も決定的な要因であった。金メダル獲得と言う点では、嘗ては社会主義のソ連が圧倒的であり、一時は東ドイツがこれに続いていた。実態としてアマチュアでない点では、プロ選手とステートアマの選手は同じような存在ではある。しかし、プロは自分で職業としてスポーツを選んだもので、ステートアマは国家により選択され囲い込まれ養成されたものとして、西側社会では非人間的な行為であるとの見方が強く存在して来た。そして社会主義体制が崩壊したあと、今や唯一の強大な社会主義国として、中国に“ステートアマ”が隆盛をしていると感じられるのである。最終的には選手個人に属するべきメダル獲得の栄誉が、国家の為、祖国の為と喧伝されているとして、何となく割り切れなさを感じてしまうのである。

<聖火リレー>

 日本では長野市で行われた北京オリンピックの聖火リレーは、当日長野市に駆けつけた5000人とも言われる多数の中国人留学生と、その打ち振る大きな五星校旗の波が日本のテレビニュースでも繰り返し放映され、強い印象を残したのであった。確かに、それ以前に3月のチベット事件や、直前のロンドンとパリでの聖火リレー妨害の模様等が報道され、人々の関心を集めていた。しかし、実際は何れも遠い世界のことであり、チベット問題と言っても日本と直接の関係はなく、歴史的な経緯を理解出来ている訳でもなかった。長野市でチベット独立支持派が抗議活動を行ったところで、日本の警察の秩序維持能力は高いので、聖火リレーが妨害されるような混乱が起きるとは一般には考えられていなかった。そこへ、予期もしなかった中国国旗の赤い波を見ることになったのは、衝撃的でもあったのである。長野冬季オリンピックの聖火リレー応援に楽しい思い出があった母親が、小さな娘とともに日の丸の小旗を持って出かけたが、意味の分からない大声を上げながら大きな赤旗を振り回す多数の中国人達を前にして、怖くなってしまい、小旗を広げることもなく、ひっそりと家へ帰って来てしまった、と言うようなエピソードは大変に強く日本人の心に刺さってしまうのである。他方で、当の留学生達にしてみると、祖国とオリンピックの防衛の為に、皆が団結して長野市へ駆けつけ、チベット独立派を圧倒して、オリンピック成功への中国人の熱い思いを示した凱旋的活動として総括されている。自分達の強力な行動が、こうした親子へも影響を与えていた事を認識出来ない、或いはそうした事には関心を示そうともしないように見える事に、一種の違和感が生じてしまうのである。

 そして、One World One Dream と言う北京オリンピックのスローガンにも、21世紀の世界は、民族、宗教、文化、そして個々人にはそれぞれが異なる多様な価値観や夢があり、その事を互いに認め合い尊重することこそが重要になっていると認識されている時期に、統制や独裁のイメージにも重なり兼ねない「一つの世界、一つの夢」との標語が出て来てしまったように感じられて来るのである。

 今や、中国の強大な国力と、中国政府の強力な能力とは、世界中の人々に十分なほど認識されつつある。それ故に、その強大さと強力さが更に誇示されるのではなく、自らの影響で生じた例え小さな事柄であっても、それに強い関心と認識を示し、周囲の人々の感触や不安を敏感に察知して反応する時にこそ、中国は畏怖や脅威ではなく、尊敬と敬意をもって見られるようになるのではないか、と思われるのである。

(個人の意見)

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