【NRIの視点】
U経済構造改革への取り組み(上)
此本臣吾
此本臣吾(このもとしんご)
執行役員コンサルティング事業本部副本部長
専門は機械・自動車、電機などの事業戦略
中国・アジアの事業戦略と産業政策立案

1、科学的発展観と和諧社会建設
グローバル経済を襲う金融システムの危機は、足元の中国経済にも大きな影響を及ぼすことを述べてきたが、それらへの対処と並行して、中国は、経済開発一辺倒という30年間続けてきた改革開放の負の側面の是正に取り組むことを強いられている。今回の金融危機への景気てこ入れ策は、ともすると経済開発重視への後戻りではないかとの間違えたメッセージになりかねないが、胡錦涛国家主席は、短期的な景気刺激策の検討会の都度、ことあるごとに科学的発展観というポスト改革開放に向けた経済社会構造改革も同時に進めるべきであることを強調している。
たとえば、前述の57兆円の景気刺激策を見ると、増値税の減税、銀行貸し出しの拡大などの即効薬的な策もあるが、むしろ、投資対象の中心は、農村基盤の整備、鉄道などのインフラ建設、医療文化教育の増進、環境対策、技術革新の促進など、中国政府が中長期で進めようとする経済社会構造改革に直結するものとなっている。つまり、今回の景気刺激策の中身を見ると、このタイミングで景気対策と並行して構造改革を一気に進めたいとの政府の意思が見て取れる。
さて、2002年の中国共産党第16回党大会で「全面小康」(経済だけではなく社会全般における安定した状態)が捷起され、その後、06年に「社会主義和諧社会建設(以下、和諧社会建設)」が共産党中央で正式決定され、さらに07年の同第17回党大会で「全面的で協調の取れた持続可能な発展」、すなわち科学的発展観という新たな党規約が採択されたわけであるが、胡錦涛政権前半の5年間(2002-07年)において、科学的発展観と和諧社会建設という方針は、この政権の使命、レゾンデートルとして確立されてきた。つまり、胡錦涛政権は後半の5年間(2007-12年)で和諧社会建設の成果を是が非でも出さなければならないのである。
和諧社会建設については、拙編著の『2015年の中国—胡錦涛政権は何を目指すのか』(東洋経済新報社、2008年)を参照いただきたいが、要約すると、「全面的で協調の取れた持続可能な発展」、すなわち「全面的」とは、経済だけではなく、社会、政治、文化、生態環境などの各方面の発展に着目すること(経済一辺倒の成長は認めない)、「協調」とは各方面の発展がお互いに結びつき、お互いに促進し合い、良性的連動性を持つこと(ある一部地域、一部社会階層だけの突出した成長は認めない)、「持続可能」とは、将来の発展の必要性を考慮すること(環境・エネルギー問題など将来に禍根を残す成長は認めない)ということを意味する。
和諧社会建設においては、経済格差への対応(地域間の格差、都市と農村の格差)、環境・省エネルギーへの対応、さらに、経済面以外で発展が遅れている諸分野(たとえば、社会保障、法治、民主、治安、社会自治など)の改革が重要な論点となっている。これらはすべて、経済改革至上主義のこれまでの30年間で後回しにされてきた問題ばかりであり、経済成長以上に、この時期にしっかりと抜本的な手を打たなければならない。
以下では、和諧社会建設に関連した政策のなかから、直近で大きな変化があり、日本企業の戦略にも影響を及ぼすいくつかの点に絞って紹介したい。
2、内陸部の経済開発と交通インフラ整備
和諧社会建設の最も重要なテーマは地域間の経済格差の解消であり、外資企業の進出という「伝家の宝刀」が期待できなかった内陸部の経済開発をどうするかという問題である。沿岸部に比較して発展が遅れている中部、西部、東北の経済開発は、それらの地域を個別的に開発するのではなく、発展が進んでいる地域との連携をもって開発を進めるのが有効だと考えられている。
たとえば、労働集約的な産業は沿岸部から中西部や東北へ移転させ、沿岸部では新たに技術集約、資本集約型の新産業、あるいは金融やサービスなどの第三次産業を発展させる。沿岸部にある輸出専門の労働集約型工場にとって、いくら労賃が安く、優遇措置があるといっても、すぐに内陸へ工場移転させることは物流事情などから考えれば難しいが、交通インフラ網を整備して沿岸部との時間距離を縮めることができればそれも可能となる。沿岸部では付加価値の高い部品、素材、設備産業を育成し、労働集約的な産業は内陸へ移転し、中国内で垂直分業体制をつくり上げる。かつて日本は資本集約的な産業を自国に残し、労働集約的な産業をアジアへシフトしたわけであるが、中国の沿岸部と内陸部で産業構造改革を実現するという構想のモデルの一つは日本というわけである。
その実現の鍵を握るのは、今後の交通インフラの整備である。中国は第11次5カ年計画(2006-10年)中に約30兆円を鉄道建設に投資する予定としているが、2011年以降の次期5カ年計画では、投資額をさらに上乗せすることを明言している。鉄道は交通インフラのなかでも最重点強化分野である。
図2は、2013年の開業予定で着工された北京—上海新幹線の路線図を示している。内陸地域の経済開発を意識して、沿岸部ではなく山東省、安徽省の内陸地域を貫通する形となり、それぞれの内陸駅から沿岸主要都市までは連絡線で結ばれる予定となっている。新幹線で北京首都圏と長江地域に挟まれた地域の活性化を図ろうというわけである。人の往来によって沿岸部の本社や開発拠点と内陸部の工場が結ばれることになる。
図3は2004年に国務院の承認を受けた、今後約20年をかけて建設する全国の高速道路網を示している。この計画は、沿岸部の大都市から放射線状に延びる幹線(7本)、沿岸部を南北に結ぶ縦断線(9本)、沿岸部と内陸部を結ぶ横断線(18本)を中心としており、この本数をとって「7918計画」とも呼ばれる。2007年時点の中国の高速道路の総延長は5万5000kmであるが、20年には10万kmにまで延伸される。ここでも建設の中心は、沿岸部と内陸部を結ぶ「横断線」に置かれていることがわかる。物流が発展することで、沿岸部の高度な素材部品と内陸部の組み立て工場が結ばれ、そこで生産された製品は内陸市場への出荷、あるいは港湾から輸出されることになる。
また、垂直分業型の産業再配置を実現するには、労働集約型産業の内陸への移転と、沿岸部の産業高度化を同時に実現しなければならない。2008年に一律的な外資優遇税制は廃止されたが、これからは「外資ならば何でもよい」というわけにはいかない。外資企業に対しては、沿岸部に進出するのであればハイテクやサービス業を優先し、労働集約的な工場であれば内陸へ進出するように圧力がかかるだろう。外資企業のなかには、人件費の高騰で広東省、山東省などの労働集約型工場を東南アジアに移転する動きもあるが、沿岸部から数百kmに位置する中部であれば人件費はまだ安く、優遇措置もある。今後の交通網の整備を想定すると、中国国内向けの出荷であれば沿岸部の工場とのすみ分けが成り立つこともあるだろう。このような産業再配置が進むことで、地域格差是正への道筋が見えてくるのではないか。
一方、これからは中部や西部、東北に対する経済開発政策が本格化することから、経済成長の源泉は沿岸部から内陸部へとシフトしていくことになる。となれば、外資企業にとっては内陸市場をどう攻略するかという点が重要となる。
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