Vol.21(2009/05/05発行)
【中日交流】
中国人◆日本人を見る 王恵玲(下)
王恵玲
(四)戦争は歴史で反省は必要だが、中日国民は未来を見るべき
質問: よく日本に行かれるそうですが、日本人に現在、民族心理の問題はあると考えますか。例えば中国人を排斥するというような感じはありますか。
王恵玲: 実は、今述べることは既に一つの過程としてあります。かつて一時期は彼らは中国に対して脅威だと認識していました。中国は人口が多く、何でも多く消費します。例えば自動車ですが、彼らは中国人がみんな自動車を持つと石油が足りなくなり、環境汚染にもなると考え、心配しています。私は日本の教授や民間の研究者・学者とよく話しますが、私は「あなたたちだけ車を運転するのが許され、我々は車を運転してはならないというのですか。ご安心下さい、中国政府も環境問題に注意しますし、現在の中国はまだ皆が車を持つ段階には至っていません」と言います。彼らはこれについて一種の余計な心配をしていますが、徐々に情況も変化し、最終的には彼らも認めざるを得なくなっています。例えば、中国にある貧者と裕福な人がいたとして、貧者が豊かになるのは一種の脅威だと裕福な人が考えたとします。しかし貧者の子供が大学に入学し、収入が増えて家庭の情況が改善されたとしたら、これは他人に対する脅威だと言えるでしょうか。これは社会に対する貢献でしょう。現在中日間の民間交流は大変重要です。私が当時日本に行ったときに非常に強い印象を受けたのが、私は公費留学で多くの階層の人たちと接触する機会があったのですが、私は当時40歳以下でしたが、相手の多くは年齢が比較的高い50代、60代の教授や農村の農協責任者で、会うとすぐに「あなたの家族で日本と中国の戦争で亡くなった方はいますか」と訊ね、立ち上がってお辞儀をしてわびるということが何度もありましたが、現在ではこういうことはなくなっています。
質問: 初めて日本に行ってから現在まで、どのような変化があると感じますか。
王恵玲: 中国と日本のどちらでも、社会の発展が速すぎます。現在は世界の経済の変化にともない、社会と人間の距離がますます近くなっているようです。以前は多くの人が社会から離れていたようですが、現在は一つの地球村の中にいるという感覚が強いように思います。1980年代に日本に留学に行こうと思う人は殆どいませんでした。少なくとも上海ではそうでしたので、日本に留学すると言うと皆とても驚きました、以前に戦争をし、あるいは多くの不愉快な事柄を残したと考えたためです。しかし時間の関係で、こうした事柄も弱まっています。中日政府はこうした事柄について連絡と意見交換を行っており、全体的に言えば戦争は歴史で反省が必要ですが、我々は未来に目を向けて青年の交流を強化する必要があり、こうした事柄もだんだん薄れてきています。私の父は戦争の影響で私が日本に行くのを反対しましたが、今ではそんなことはありません。1990年代に日本に行った若者の多くはお金を稼ぐためでしたが、現在では異なります。
(五)日本人は慎重
質問: 日本人の最大の特徴は何だと考えますか。
王恵玲: 彼らは慎重だというのが最も強い印象です。私が知り合った留学生も同様で、十分に考えてからではないと発言せず、話すと文法は基本的に何の問題もありません。例えば私はいつも「皆さん、大胆に話してください、間違いを恐れる必要はありません」といいますが、やはり話さず、文を完全に練り上げてからやっと話し出します。他の国の学生は活発に話しますが、文法には多くの問題があります。しかし日本の学生はそうではありません。
質問: 中日両国の青年は相手に学ぶべきどのような点がありますか。
王恵玲: 彼らはいずれも努力しています。日本の学生は比較的堅実で、中国の学生のように夢多くはありません。中国の青年はエネルギーは十分ですが、日本の青年は異なります。私は毎年卒業の時期に次のように言う学生がいます。「上海財経大学や先生に感謝します、同時に勉強の機会の中で知り合った新しい日本の学生に感謝します」と。彼らはとても感激しています。日本国内では彼らの多くは非常に閉鎖的な環境で、他人と接することが少ないためです。また日本の青年は物事に取り組む時に真剣に努力し、規則をきちんと守ります。
(六)日本の高島屋との「深い縁」
質問: 他の方から、日本の高島屋デパートのサービス態度を高く評価されていると聞きましたが、どのような原因からですか。サービス精神をどのように理解したのですか。
王恵玲: 最近私は家で新聞を読んでいる時に、現在の経済状況悪化の背景下で、日本の有名な高島屋デパートが上海虹橋に中国大陸部初のデパートを出店すると知りました。虹橋地域は発展したビジネスエリアで、このような最大のデパートを建設すると知って嬉しくなりました。何故なら私はかつて特に感激させられる出来事から、高島屋のサービスに感動させられたことがあるからです。私は何度も何か書いて表現したいと思ってきましたが、数学を専攻しているため文章を書くのが得意ではなく、この考えを実現することができませんでした。私が日本に留学している時ですが、留学生の一人が一橋大学で修士課程にいたのですが、名古屋大学の博士課程に合格し、指導教官に会いに行く前にスーツを新調したいと考えました。彼が「王さん、一緒にスーツを買いに行って下さい」というので承知しました。夕方5時に麗川の高島屋に行きました。7階が紳士物売り場で私たちはそこに行って探し始めました。その留学生は痩せて背が高く、日本では彼の様な体格は多くないようで、長時間選んでも合うものがありませんでした。私たちは二手に分かれ、その留学生はあちらで、私はこちらでと選んでいました。しばらくして彼は非常に腹を立てながら私の方に来て「王さん、私は今日、絶対に合うスーツを買います」と言います。私が「付き合ってあげる、ずっと選んでるじゃない?慌てないで。何で怒っているの」と訊ねますと彼は「だってあそこの2人の女性店員がずっと私たちを見つめているんです。まるで私たちが泥棒みたいに」と言うのです。私は「そんな事は気にしないの。早く選びましょう。選んで買ってしまえばよいのよ」と言いました。最後にやっと合うスーツを見つけ、代金を払っている時に店員の1人が「当店は7時閉店です」と言うのです。私たちが見回すと既に7時半で、周囲には私たち2人とこの2人の店員しかいないのです。そこでやっと彼女たちが私たちを30分も待っていたことに気づきました。私たちは包装された商品を受け取ってエレベーターで1階に行きましたが、エレベーターのドアが開いた途端に私たち2人はびっくり仰天して、降りるのをためらいました。デパート全ての従業員が入り口までのドアの両側に2列に並び、店長が前に立って、私たちに向かってお辞儀をして、ありがとうございましたと言っているのです。私たちはもう小走りで出口へ向かいました。ですから私はこれはサービスの問題だと思うのです。こうしたサービスは笑顔で、一言挨拶をするだけの問題ではありません。声に出さずともサービスし、相手にエンジョイメントを提供し、相手を教育しているのです。あんなに多くの従業員と多くの照明(店全体で1つも消された照明はありませんでした)で、我々の国内の多くのデパートが閉店前から掃除を始めるようなのとは全く違っていました。ですからこの素晴らしい印象は現在までずっと褪せていません。私は日本に行く度に高島屋で買い物をします。私はあの店が大好きです。1985年に初めてこのことを話してから、私は数え切れないほどこの話をしてきました。

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